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文・絵 中山 晃子(@akikonkym

 

「外科手術ですね。紹介状を書くので病院に行ってください」


そう言われて、頭を抱えた。1年も先延ばしにしていた、左右の親知らずの抜歯だ。

 

言い訳をするならば、旅公演の多い芸術家業。筆を洗い、絵の具を補充し、スーツケースのタイヤを直し、自身のメンテナンスは最後になりがちだ。しかし、海外での4ヶ月にわたるプロジェクトを終え、久々の帰国。いよいよ親知らずから目を背けられない。

「1週間顔が腫れるよ」「ハンマーで歯を割られるのは衝撃だった」「地獄」「でもだいたいみんな通る道だから頑張れ」などと友人たちに言われつつ、憂鬱を極めて大病院へ。

「個室と大部屋と、どちらがいいですか?」

歯を抜くくらいで大げさな(笑)と思ったが、入院することとなった。

待合室には、子犬やらチューリップやらが退屈に描かれた病院アートが連なり、予想外にそれに癒される私がいた。

色あせた子犬が私にほほえみかけてくる。私もほほえむ。それは視覚芸術を職と生きがいにしているものの敗北か、と感じたものの、普段、眼の奴隷としてせっせと働いている身体や心が、ストライキを起こしている、限界だ、と思った。

腕のいい医者らしく、直近の予約は満員、手術は1ヶ月後の11月23日。


1ヶ月、長い。

しかし、期間限定で使っていい憂鬱の理由を得て、正直少し気が楽になった。

 

痛い、悲しい、不安だ、という気分の理由を、別件ですらこの際全部、親知らずのせいにしてしまおう。まぁ、そういう明白な理由でもないと、悲しさを感じたり、落ち込んでいてはいけない気がするのは、立派な別の病だろうけれど、都合のいい現実逃避だと思った。


ただ日々は過ぎ、当日を迎え、手術が始まる。

「では、麻酔を入れます。」1、2、3…… 
意識が飛ぶようにホワイトアウト。かと思いきや、


(なんだ??これはなんだ?!!)

眼前に突如フェードインする期待していなかったエンターテイメント!
ハイテンションでもローテンションでもなく、私の口の中でただ淡々とマジカルな光景が繰り広げられる。静脈麻酔 × 抜歯 がこんなに面白いとは!

口の中に工事現場が展開する。白昼夢かつ明晰夢、というかそういう現実で、体感あるアリスインワンダーランド。めちゃめちゃ楽しい。小さい人?がすごい働いている。「今日はここか」とぞろぞろと現場入りする白いユニフォーム。がっしりとした木製足場を組み立てたら、さて、と実用には遠そうなスチームパンク的なジャッキで上アゴ下アゴをキコキコキコキコ持ち広げられ、カートゥーンライクな軽快で愉快な動きとともに工事されていく。立ち上る蒸気、てこの原理、その車輪は何をまわすためのもの!?

「おい、そこサボるなー!」
「いや休憩も仕事のうちです」

重機の音にかき消されないようにか、口の端から端へと大声で話す彼らの人間関係を、呆然と、でも目は爛々と眺めているうちに、「せーの!」で抜歯、左の作業が終わったらしい。さてもう片方の歯へ。と、その瞬間、工事現場の煙たい空は作業員とともに意識の遠くへ吸い込まれ、ガツン!と広がる青空とのどかな田園、行ったことのないベトナムのイメージをフル引用した幻覚をなけなしの正気で笑いつつ、「ここからは我々が」と竹の足場を組まれ口いっぱいに広がる棚田のショッキンググリーンに目を奪われ——「中山さん、中山さん、終わりましたよ」

 

まさかこんなにファンタジーならば、どうか今から全部の歯を抜いてくれ!左がスチームパンク、右がベトナムの棚田ときたら、前歯は、犬歯は、いったいどこの管轄か。旅はたくさんしてきた、工事現場も好きで見てきた。その記憶と経験値をここで発揮しないでどうする。先生!上にも下にも、まだ歯はたくさんありますよ!と狂気的な好奇心に駆り立てられる。いつの間にか病室に戻ったらしい。ベッドの上でも続く麻酔の余韻、幻覚をたしかに凝視しながらボールペンで描きとめた。

 



後日、抜糸をしたら、いよいよいつもの現実。相変わらず退屈にほほえむ子犬の写真の横で、術後の歯茎が痛い。だんだんと日常が戻ってくる。

 

通常、物語の中で、たったひとり異界に落ちた主人公は「あれは夢ではなかった」と、旅の証拠を眺め、顎を上げ前を向いて現実を歩く。

鏡の中の腫れてかっこ悪い頰を見るたびに「あれは夢ではなかった」と思う。私は思いがけぬ日に、主人公を取り戻したのだった。

 

 

文・絵 中山 晃子(@akikonkym

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