日本に、この人がいて、本当に良かった。高木正勝さんとのはなし

こんにちは、塩谷舞です。このWebメディア「milieu」を運営するのが生業です。

 

「社会的に意義のある記事を、広く届けなければいけない」とか
「記事を読んでくださる相手の時間を、1秒たりとも無駄にしてはいけない」とか

そんな勝手な責任感により、一所懸命にやってます。

が、「あなたの記事を読むのはエネルギーが必要で、今は、ちょっとしんどい」と言われることもある。

だれかの「全力」は、本調子じゃない人にとっては、ちょっとしんどい。でもその「しんどい」という声は、私にはほとんど届かないから、私は知らずに、かなり多くの人を疲れさせているのかもしれない。

 

私の記事だけではない。インターネットをひらくと「お前も頑張れ!」という無責任なエールが四方八方から飛んでくる。

 

Facebookで流れてくる「お友達」の輝かしい仕事の成果。
Twitterで流れてくる「成功者」のインタビュー。
Instagramで流れてくる「憧れの人」の完璧すぎる暮らしぶり。

そんなものばっかり過剰に摂取してしまって、私たちはおそらく「全力でがんばる」症候群にかかってしまいやすいのだ。これはインターネットを仕事に使う際の、副作用みたいなものかもしれない。

 

「頑張ります」「もっと良くします」「なるはやで」「クオリティ高く」「バズらせます」「任せてください!」

 

自分の口から零れ落ちるそんな言葉に、自分が押しつぶされて死んじゃいそうだ。身体は持ちこたえても、心のほうが、そんなにSNSに最適化してない。もうすこし、欲求に素直に。動物らしくありたい。快楽原則でありたい。

 

そこで、このメディア「milieu」を立ち上げてすぐに、とある人に連絡をした。

「どうか、今のしんどい時代を、人間として笑って生きている、あなたの生き方をここに保存させてください」

という思いで、取材のオファーをした。(きもちわるいので、そんな頼み方はしていないけれども)

「どんな取材になるかわからないけど」と、面白半分で快諾いただき、私は取材に向かった。


東京から京都へ、京都から1時間電車にゆられて兵庫県の山奥へ、そこから地元に住む女性に車で送ってもらって、40分ほど山道を進んだところが取材先だ。

遠い……というよりも、かなり不便。ソウルや台北のほうが、移動時間で考えるとずっと近い。

 

笑ってしまいそうなくらい山奥に、その人は奥さんと二人で暮らしていた。

「ほんまに遠いとこ、ありがとう」と迎えてくれたのは、高木正勝さん。

『おおかみこどもの雨と雪』や『バケモノの子』の作曲家であり、2009年のNewsweek日本版で「世界が尊敬する日本人100人」の1人に選ばれた、日本が誇るアーティスト兼、映像作家。そんな芸術家が、ひっそりと兵庫県の山奥に暮らしている。まるでリアル『おおかみこども』だ。(と、誰もが彼の暮らしをみて言う)


 

 

古い民家を修繕しながら暮らしているというその家は、楽器も、壁も、石も、どこを切り取っても「高木正勝さんの暮らす家」だ。

インタビューに来ているというのに、まずはよくわからない民族楽器を次から次へと勧められる。

「これはな、ニンテンドーDSみたいに手で持って、はじくねん」と、高木さん。

「……」

ポンッ。

楽しい。

 

東京から取材にくる凝り固まった人間のせっかちなペースを、太鼓を叩かせることによって一瞬で「里山」のペースに変えちゃうのか。これが「自分の色」を持っている人のなせる技なのか? ……と思いながら太鼓を叩く。

友人の編集者が別の日に、取材に訪れていたのだが、その友人もやっぱり太鼓を叩いて楽しくなったらしい。太鼓がひとつほしくなるけど、東京のマンションには似合わないな、とか思う。

ここは太鼓がほんとうに似合う

情報を伝えるのではなく、ふつうの会話をしよう

塩谷:私が今回、取材させてもらいたいと思ったのはですね……去年のOKAZAKI LOOPSで観た高木さんの演奏が、あまりにも、純粋欲求で成り立っていることに感動して。日本人なのに、お客さんみんながスタンディングオベーションして。西洋のスタンディングオベーションとは違う、祭りみたいな。なんというかもう、いのちがすごくて。自分のズタボロな精神の穴にいのちが注がれる…という感覚でして。

高木:あのときは、すごかったなぁ。「わぁっ!」ってなったなぁ。

ーー「わぁ」っってなった、本当にすごかった。その公演はこちらだ。

塩谷:このYouTubeみると、あらためて人間ってあんなに、人前であそこまで裸になれるのか! とびっくりして。

私は東京に住んで、それなりに自分の好きな仕事をして、それでも仕事の重荷とインターネットの圧力に押しつぶされそうになるのですが、高木さんは私たちとは明らかに違う場所でちゃんと、自分のいのちを生きてる。

そんな風に生きることとか、いのちを殺さない仕事の方法とかを聞きたくって。健康に、ヘルシーに生きていける方法というか。……明確な目的もなく、の取材になっちゃうのですが。

高木:ふんふん。メールでもそう言ってたよね。でもさ、明確な目的があると……たとえば、CDをリリースします、インタビューしましょ、ってなるとさ、結構、通り一遍になるんよね。聞かれた質問に答えて、の繰り返しで。情報ばっかりになっちゃう。

塩谷:感情不在の。

高木:想いは伝えたいんやけど、僕も聞いてくれたことを説明するのに必死になってしまって。話が盛り上がって「あ、今なら想ってることを言えるぞ!」と予感がしても、次の質問がきちゃうこともあるし。後になって、もっと相手のことも聞きたかったなあ、「ああ、会話がしたかったのに!普通に会話すればよかった」って(笑)。

塩谷:じゃあ今日は情報じゃなくって、想いを、自由にお話できればうれしいです。

高木:はい、お願いします。

 

……という感じで、道しるべなく、取材というよりも「ふつうの会話」がはじまった。ちゃんと精神ともに健康に生きたい。高木さんはどうやって生きてるのか。とにかく気になることを、尋ねてみた。

 

名前が世の中に出てるからって、ゴールしているわけじゃない

 

塩谷:高木さんは、楽曲制作やライブの他に、CM音楽の仕事や、映画音楽の仕事もされているじゃないですか。そういう、自分発信の作品ではない「クライアントワーク」で、ストレスが溜まることってありませんか?

なんか私は、自分の意にそぐわない宣伝を押し付けられると……自分の言葉が奪われていくような感覚になっちゃうんです。つらくって、つらくって…。

高木:それは大変や。しんどいなぁ。……でもぼくは、クライアントワークも、自分の楽曲も、同じ感じで全部やってるなぁ。

塩谷:そうなんですか。

高木:個人でやってるプロジェクトの「大山咲み」の曲も、もとはCM用に作ってた曲やったりもするし、あんまり分けてへんねんなぁ。むしろ分けなあかんくらいやったら、CMの仕事はぜんぶ断ってると思う。

塩谷:プライベートワークとクライアントワークが、ちゃんと相互作用してるんですね。

高木:もちろん、1個の仕事でできることって限られてたりもするから、「あぁ、良いとこがだんだん、削られちゃった」とか「もっといけたかも」って思うこともあるねん。必死でやればやるほど、「もっと先があるなあ」って未来が見えてくる。

それを誰かと共有できるときはいいけれど、ひとりで抱え込むと「この溢れたぶんどうしよう」っていうのが、放っておくと病になったりするねんな。そういうのを出すところを、他の人が都合よくは作ってくれへんから……

塩谷:それを、プライベートワークで昇華されてる?

高木:いや、あんまり、そこが上手くいってへんから、塩谷さんと話してみたかってん。

塩谷:……?! もっと、「僕がうまくいってる秘訣はこうです」みたいな話になると思って来たのに(笑)。

高木:一昔前まではわかってた気もするんやけど、なんか今はね、自分もどう扱っていいのか、ちょっとわからへん(笑)。

塩谷:高木正勝さんでも、わかってない。なるほど。うーん。でも、インタビュー記事ってどうしても、成功者が、サクセスストーリーを語る、みたいになっちゃうんですけど。

高木:うん、なるね。

塩谷:名前が世の中に出てるからって、ゴールしてるわけじゃないんですもんね。でも、そのほうがいいかも。頑張りました、成功しました、って記事だと、もうこっちもそっちも疲れちゃう。

高木:そうやんね、逆効果やんなぁ(笑)。

塩谷:高木さんは、そういう、嘘がないところがすごいです。でも、ここまで嘘をつけない性格で、仕事でたくさん人付き合いすると、疲れちゃいません…? CMのお仕事なんて、関係者も多いですし。

高木:そうやなぁ。基本的に、たとえばCM音楽の仕事やと必要以上に会わへんほうがいいなとは思ってて。どうしても、相手の会社に行って話すと、その会社の中の出来事に巻き込まれちゃったりするやない?

塩谷:します、します。そしていつの間にか、社内事情に精通しちゃう。

高木:(笑)。でも、出来上がったCMを受け取るのは結局、そんなプロの世界を知らない、中の出来事とか知らない、僕みたいな、ふつうの人やから。だから、距離があったほうが、相手にとっても良いなって。

塩谷:ついつい「いますぐお伺いします!詳しくヒアリングします!」ってスタンスになっちゃってるかも…。

高木:距離、だいじやよ。自分も疲れへんし、相手も変な気を使わんで、ちゃんと注文してくれるし。

 

心の中のことを本当に全部、わぁってさらけ出したら

 

塩谷:東京に住んでると、人と会いすぎるのかもしれないですね。

高木:東京やと、そうなるんやろうなぁ。

塩谷:高木さんは、ずっと関西ですよね。東京のほうがミュージシャンは多いですが、あえてこちらを選ばれてるのは?

高木:東京はミュージシャンもたくさん住んでるから「レコーディングをする!」って決まったら、いろんな人が集まって、録らはるやん。それが京都ではなかなか出来なくて、うらやましかったんよ。

塩谷:ふんふん。

高木:でも、そんな中で工夫してるうちに「あれ、フルートじゃなくて、ここ自分の口笛でいいかも」とか。「ひとりでピアノ10人分弾いたら、楽しいなぁ~!!」とか。

塩谷:楽しくなっちゃうんですね。

高木:そう。で、たまに関西のミュージシャン同士でレコーディングしよかって集まっても、みんなちょっと遠いところに住んでるから、いざ集まるとたのしくなって「わぁっ!」って、楽器ひいて、歌うたって、そのまま盛り上がって終わってしまったりする。それで、誰も録音してなかったり(笑)。

塩谷:レコーディングじゃない(笑)。

高木:そうそう、楽しくて。東京やったら、みんなプロ意識も高いし、必要な箇所をきちんと弾いたらパァーって帰っていかはる。

塩谷:あぁ…わたしも、必要な打ち合わせが終わったら、爆速で帰っちゃう。

高木:いや、それでいいっていうか、そうじゃないと仕事にならへんからね。でも僕は、もうちょっとはみ出していくものが好きやねんな。歌が好きな人と一緒にいて「楽しくなってきたから、歌おう!」とはじまって、どんどん、どんどんその中だけで魔法が起こっていって、その場があって、そこに参加してる人がいて、自分も参加して。踊りだしたりとか。

塩谷:楽しい。

高木:そういう熱量を見せてもらえたときに「よくぞ!!」って感じるねん。心の中のことを本当に全部、わぁってさらけ出したら、スタンディングオベーションになると思うねん。

塩谷:それは、譜面通りに、依頼通りに弾いてるだけじゃぁ、辿り付かなさそう。だから、高木さんの舞台は、嘘がない感じがするんですね。

高木:たとえば、ときどきほかの国行っても「小民族フェスティバル」みたいな感じで民族音楽をやってくれることがあるんやけど、その人たちってもともと、人前に出て歌うことってなかったはずやねん。だから、なんかこう……難しいなあと。普段は、家の中で自分たちだけで楽しくってやってることやから。

それに民族音楽だけじゃなくて。美術が好きで美術を目指している人とか、音楽が好きで音楽を目指している人とか。そういう人のちゃんとした作品や演奏はすごいんやけれど、ほかの仕事とかしてて、やけど、どうしてもやりたくて音楽やってる人とか、どうしても歌いたくて歌ってる人とか。そういうものが、なんでか僕は好きやねん。心がむき出しな感じが。

塩谷:純粋欲求なもののほうですね。確かに、いろんなライブやパフォーマンスや、演劇を観ていても、ほとんどの人が「ステージ上の自分がどう観られているか」という人間らしい理性を、心のどこかで保ってしまっていますよね。

 

世界各地の都会で認められても、それは「世界で認められた」とは言えない


高木:
心の中に残っているものを、なんかもう少し信頼していい、と思うねん…。だから僕が作りたいものって、「特産品」なんやなぁ、と気づいて。

塩谷:「その土地ならでは」のもの?

高木:うん。今はどこにいてもAmazonとかでいろいろ買えるし、ぼくもAmazonめっちゃ使ってるんやけど…それでも、現地にいかへんかったら買われへんもんがいいなぁ、って。

そういうの突き詰めていったら、自分の子ども時代って、その人しか持ってへん記憶やん。それを引っ張り出して来たり、「それは僕は欲しいし、見たいわあ」ていうのがあって。

前に、なんか世界的に立派なクリエイターです、みたいなのに選んでもらったこともあるんやけど。

塩谷:「世界が尊敬する日本人100人」ですね。

高木:そうそう。でも、僕にとっては、東京もニューヨークもすごい似てて、ものの見方、世界観がよく似ている。都会的な好みっていうんかな。

誰かが「世界が認めた」っていうときって、ほとんどが都会的な感覚やと思うねんな……誰かに褒められるのは嬉しいことなんやけれど、こういうときの「世界」っていう言葉は違和感があるかも。「世界」っていってもいろいろあるからなぁと思っていたい。

塩谷:確かに、東京もニューヨークもロンドンも、都会で好まれるテイストは似てたりしますよね。それよりも、日本の東京と田舎のほうが、ずっと距離がある。

高木さんの部屋から見える風景。山である。

高木:僕は、ここでピアノひいてて「うわーええ曲できたー!」って想ったら、ドアがバーン!ってあいて、ハマちゃんが来て、「カッちゃん!今の、ええ曲やなー!!」って言われるようなのが、憧れとしてあるねんなぁ。ずっと難しいことやねんなぁ。そういうのが、強いと思うねん。

塩谷:ハマちゃん、お隣の。Facebookでもよく出てくる。

高木:そうそう(笑)。

塩谷:でも、高木さんは、本当の意味でこの山に根付いて、ここの音楽を作られてて。村のひとたちと一緒に作って。

一方で、今日本中で起こっているビエンナーレとかトリエンナーレで、地域とアーティストが協力するといっても、全然噛み合ってないというか、市民はただボランティアスタッフとして参加してるだけ、というか。その場所である意味も薄かったり。

高木:そうやね、あんまり詳しくないけれど、似たことは「地域おこし、村おこし」でもよく起こってるのかも。僕は外から手を出すより、一緒に暮らすことが大事やと思うけれど。

塩谷:希薄なままの地域と芸術…ではないのがすごくて、それが伝わってきて。ところでハマちゃん、とはここに引っ越してくる前から知り合いやったわけではないんですよね?

高木:ここの人のことは、なにも知らんかったんよ。この家も、越してきた頃は1年ぐらい手付かずでほっとかれてたから、草もボーボーで。夏やったから、生き物がすごくて。マムシもいっぱい、ハチにも刺されるし。「え、ここで寝てええんかな?」って怖かった(笑)。

塩谷:朝起きたら、獣に首食われてるかも、みたいな?

高木:そうそう。それでいて、村の人との付き合い方も、全く知らへんし。

塩谷:でも今は、すっごく仲良くされてる。

高木:村の音頭教えてもらったり、行事に参加したり、一緒にピアノひいたりね。でも僕の曲は、向こうも知らんからわからへんからね、氷川きよしさんの曲ひいたり(笑)。

塩谷:へぇ〜。それで、一緒に畑されたり。

高木:そう。畑は、ほんまスゴいんよ。近所のおばあちゃんが、家族と喧嘩してたらしくて、ずーっと1週間ぐらい寝込んでもうて。でも、そんな状況でも「畑仕事したら、気が済んだ」っていうねん。土触って、野菜育ててると、さっきまで考えてたことがどうでもいいわ!って。

塩谷:1週間も寝込んでたのに!

高木:せやねん。でも僕も、いろいろ悩んでも、手付かずの山の中入っていったら、一瞬でさっきまで悩んでたことがどうでもよくなって。「帰ったらあんな曲つくろ」って思ったりするからね。畑とか山とかはね、すごいよ。身体動かしているうちに勝手に曲が頭の中でできてる。

塩谷:…いいですねぇ……。

高木:…都会やと、それがないから大変やなぁ、どうするかなぁ。

塩谷:みんなちょっと遠出して山登ったり、都内の公園には緑を求めて、人いっぱいいますけどね。あ、スクワットしたらいいらしくて、寝る前に30回くらいスクワットしたら、気持ちが晴れる。

高木:スクワット(笑)。血の巡りもあるやろね。

 

もし、港区のタワマンに暮らしてください、と言われたら?

塩谷:高木さんが、「明日から港区のタワーマンションに暮らしてください!」って言われたら、どうします?

高木:え、住む住む。

塩谷:マジっすか。

高木:楽しむ、楽しむ。ーーよねぇ?(お部屋にいた奥さんに話しかける)

奥さん:うん、楽しむ。でも、出来る限りの野菜は自分たちで作ると思います。

高木:そうやなぁ。観葉植物より、食べられるものがいいなぁ。こっち越してきてから、たまにコンビニとか行っても、なに買ったらいいかわからへんくなってきたんよね。前は、栄養ドリンクとか買ってたんやけれど。年齢かなぁ。

 

ストーブで温めていたポットは熱い

高木:でも、ここに越してきたのはもう、老後? 老後みたいなもんやねん。

塩谷:30代にして老後!

最悪の事態になっても、そこはパラダイスだって気づいた

高木:若隠居、って憧れるやん。ここは火もあるから、暖がとれる。食べ物は畑で作れるし、今年から田んぼもやろうと思ってて。上水を使ってるけど、湧き水をうまく使えばいいなぁ、というのもあって。

塩谷:おお…。

高木:生きるためのインフラは、ぜんぶあるんじゃないかな。だから、工夫すれば、生きていける。ここから少し離れたところに、年収4000円でやっていけた男の人が暮らしてて……

塩谷:年収4000円?!日給ではなく??

高木:そう、タケノコを抜いて、売って、それが4000円。いまはね、他に仕事をきちんとつくってやってるから収入も増えたと思うけれど、でもね、その暮らし振りが、嘘みたいで。ほんまに楽しそうやって。

塩谷:お金を稼がなくても、自活できてるんですね。

高木:そう。僕は音楽作る、みたいな仕事をしてて「誰にも相手にされへんくなったらどうしよう」って不安は、ずっとどこかにあったんやけど。でも、言葉は悪いけど、「最悪のシチュエーションが彼みたいな暮らしなら、それって、最高やん」と思ってん。

むしろ、今すぐ試してみたい!だって楽しいねん。自分で薪割って、料理して、米も野菜も作ってるやん。それを「ああ、出来た!」って食べて「あぁおいしかった、寝よ」って眠る。

もちろんそれはそれで苦労はあるねんけど、僕にとって、一番最悪の事態、不安でしかなかったところが、実はパラダイスやった。

塩谷:パラダイス!

高木:彼の楽しそうな暮らしを見てると、本気でそう思えちゃったんよ。僕も山に入って柴刈りしたり、川を整えたり、家をさわったりね、時間ができたらやってしまうんよね。自分がやったことが毎日の暮らしに直接繋がるっていうのは、ほんとうに嬉しくなる。

 

話しながらも突然、薪を外からとってくる高木さん

お土産に持って行ったチーズタルトが、暖炉であたためられた

 

高木:もし最悪の事態になって、音楽も求められなくて、だーれも見てへんし、だーれもいてへんし、社会との関わりもなくなって。だけど、「自分の人生、大丈夫」って思って。山でぽつりとね、孤独やけれど、嬉しいというか、うん、嬉しく過ごせる。でもやっぱり、山でいろいろしてると、今は「あ、これ音楽にしよ、しなあかん」ってなるねん。

塩谷:素敵。

高木:山で感じてることを、村で暮らしてることをいっぱい伝えたいんやろね。それは言葉じゃうまくわからへんねんけど、ピアノにしたり、歌にしたり。虫がワアッって鳴くから、一緒になってピアノ弾いたら楽しくなったり。いろんな花が咲いたり、動物が来たり。村の人もひとりひとり面白いからね。まあ、いろんな想いがあるっていうことを出来るだけこぼしたくないんよ。

この部屋は全部窓やからね、内も外もあんまりないからね。春がすごいねん、春はそれまでの全部が一気にやってきて一気に去っていくねん。春にまた来てね。春がほんまに!

塩谷:また春の景色も見てみたいです。

高木:春はすごいよ、全然ちがうよ。みんな一気にわっ!ってくるからね。

山の中のこの部屋で響くピアノは、本当にキラキラとして美しい

 

「春がすごいねん!」

と、別れ際に笑顔で話してくれていた季節を超えて、今は初夏。ずいぶんと時間が経ってしまって、やっとこの原稿を書き終えようとしている。

小手先で話さず、自慢もせず、いのちを生きようとしている高木さんの言葉は、あまりにも私から遠すぎて。書いては消して、書いては消して……3ヶ月。なかなか、自分をちゃんと解放してあげないと、こっちの薄っぺらい精神では、とうてい追いつかなくて。


 

高木さんは今も、あの山奥で暮らしてる。

食傷気味になってしまうFacebookのタイムラインにその様子がポコンと放たれていると、そこだけポッカリ、他の時代に飛んだみたいになる。

ご近所の「ハマちゃん」が、高木さんの舞台衣装にアイロンをあててくれている。

そう。山の景色を引き連れて、この週末。京都で高木さんのコンサートが開かれた。オーケストラバージョンだ。

彼が畑で野菜を作るように、丹精込めて育てた魂の食べ物。

「ちょっと心がしんどいな」という人も、きっと元気になれるはず。だってそれは「山の幸」みたいな音楽だから。

 

日本に、高木正勝という人がいて、本当に良かった。
きっと、救われる人がたくさんいる。

高木正勝さん、本当にありがとうございました。

高木正勝さんの暮らす家。走り回っているのは、近所に住む子どもたちです。(近所、といっても、ほかの村ですが…) 高木さんのインタビューは、こちらから。 https://milieu.ink/interview/takagi_masakatsu

milieuさんの投稿 2017年6月9日

 

Text by 塩谷舞(@ciotan
Photo by 畠田有香(@ma_chi_co

 

なんだこの文章! 
これはほんとうに人間の生身の男の人が書いた文章なのか?
家や森や草や風が書いたんじゃないのか?
すごい人だ。
―――吉本ばなな

 

吉本ばななさんも驚きを込めてこう綴った、高木正勝さんの本が出版されます。生きてることをこんなにも鮮やかに書かれるだなんて、なんだかもう、ほんとうに、高木さんには敵いません。出版記念トークをご一緒させていただくことになりました。11月25日、日曜日、東京・池袋にある本屋さん「KAKULULU」にて。ご予約はこちらからどうぞ。

 


『こといづ』高木正勝(木楽舎)

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