「アーティストの卵」が目の当たりにしたNYの冷たい景色と、それから6年後のこと

Text by AKI INOMATA(@a_inomata

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久しぶりに見る大雪だ。

さて、私は今ニューヨークに来ている。最高気温が0度で、日中でもほぼマイナス。3月とはいえ、ニューヨークは大分寒い。

私は雪の中、NYのアパートの一室で、この原稿を書いている。

今日は、Snow Stormのため、電車は昨日16時より運休、店舗もオフィスも美術館も、どこも臨時休業のため、2週間ぶりに何処へも行かず、自宅作業となった。

今借りているアパートはミッドタウンの東側、Grand Central Stationから徒歩10分程のところにある。北へ行く多くの鉄道の発着点ということから、日本でいう東京駅のようなイメージだろうか。

交通の便はとても良いが、毎朝、車のクラクションの嵐で目が覚める。こんなに多様なクラクションを、私はいまだかつて浴びた事はない。つまり、とてもうるさい(笑)。

 

初回なので、少しばかり自己紹介を。

はじめまして。アーティストのAKI INOMATAです。
生き物たちとの恊働作業によって、作品を制作しています。

やどかりに「やど」をわたしてみる -BORDER- 写真:Keizo Kioku

たとえば、ヤドカリに都市を象った透明な殻を渡したり、

インコと一緒にフランス語を習いに行ったり、 犬と私で毛を交換したり……。

生き物を通して私たちを視ることで、私たちが住む、都市や社会制度への疑問を投げかけ、国境や言語、人とペットの関係性などを越境することを試みてきた。

詳しくは、こちら:AKI INOMATAオフィシャルサイト


現代アートを志す多くのアーティストが、「NYで勝負をしたい」と思うかもしれない。私も、例に漏れずその一人だった。

NYは、現代アートの主戦場と言われる事もあるように、大型の美術館・ギャラリーがひしめきあい、世界中からアーティストが集まっている。そんなNYのアートシーンでは、日本で紹介されていない作家も多く発表しており、注目を集めている。現代アートの作家たるもの、そんなアートシーンを一度は見てみたい。NYに行こう、と初めて具体的な計画を立てたのが、2011年、27歳の時だった。

いや、当時の私は「現代アートの作家」というより、アーティストの卵、もしくはアーティスト志望……というのが他者評価としてふさわしい表現だったように思うが、とにかくその年の夏、私は大学時代の同級生と一緒にNYへ行き、アートシーンを見て回った。

NYには、学生時代からどうしても入りたかったISCP(International Studio & Curatorial Program)というアーティスト・イン・レジデンスのプログラムがある。そこへもアポを取り、視察に行った。

主要な美術館・ギャラリーを体力の続く限り廻り、充実した旅を過ごしたものの、ぽっかりと穴が開いたような寂寞感があった。

私の代表作とも言えるヤドカリのシリーズは2009年から発表していたが、当時は、全くもって鳴かず飛ばずで、まだ美術関係者とのコネクションもなかった。

ここでは、誰も私のことを知らないし、気にかけても、もらえない。ギャラリーをまわっても、そこで展覧会が決まるだとか、思わぬシンデレラストーリーが始まる訳は当然なく、NYのアートシーンに入って行けそうな手応えは全くなかった。

視察にいったISCPも一通り見せて回ってくれたものの、英語も片言の私たちを、歓迎してくれている雰囲気ではなく、「助成金がとれたら来て」と言っていた気がする。(注:ISCPは、その応募審査とは別に、何らかの助成金を獲得することが必須条件で、自費で参加することはできない)

レストランは高くて入れないので、道端でパニーニをかじりながら、「なんか世知辛いね…」「みんな冷たい…」って話したりした。裕福そうな人が美味しそうなご飯を食べている様子が、道に面した大きなウィンドウ越しに見える。居場所もお金もない私たちは、リアルにマッチ売りの少女みたいだな、と思ったりもした。

そもそも物価の高いNYに、自費で滞在するなんて、とんでもないと感じたし、かといって助成金をとれるあてもなく、それから何年もが過ぎた。

 


その後、2013年に、designboomというWebメディアで、ずっと続けていたヤドカリのシリーズが突然取り上げられたのをキッカケに、世界中からメディア掲載のオファーが来るようになり、海外から展覧会の声がかかるようになった。

といっても、相変わらず、日本国内では、たいして知名度もなく、大きな舞台で作品発表をして活躍する同級生や同世代の作家を羨ましく思いながら、地道に制作を続ける日々を過ごしていた。しかしYouFab Global Creative Awards 2014でグランプリをとったことなどが転機となり、国内でも展覧会に呼んでもらえることが少しずつ増え、全てのオファーを受けきれない程になってきた。 もの凄く信頼できるギャラリストとの出会いがあり、所属ギャラリーも決まった。


そして、2017年の3月。

6年前は「助成金がとれたら来て」とあしらわれたISCPに、自分のスタジオがある。

2015年に、ACC(アジアン・カルチュラル・カウンシル)からの助成金を獲得することが出来、3ヶ月間のNY留学が決まった。そして、希望していたISCPのレジデンスに入れることが決まったのだ。

ISCPの巨大な建物は、6年前からちっとも変わってなくて、あまりにも当時のままだった。凄くよそよそしくて、遠い存在だったISCPを普通に使っているのは、とても不思議な気持ちだ。


さらに、NYにきてまだ2週間だというのに、思いがけず、ちょっとした展示の機会を得た。

私のようにACCの助成を受けて留学している人々が集まるパーティで知り合ったインド人のキュレータSumesh Sharmaから声をかけられ、突如、同じACCの助成金でベトナムから来ているTran Minh Duc、バングラディッシュから来ているShubho Saha、そして別の助成金でフィンランドからきているBita Razaviらと共に、グループ展に参加することになったのだ。

Exhibition ”Open Rehearsal” 

展示することになったのは、ダウンタウンにあるAlwan for the Artsという場所で、このAlwan for the Artsは、アラブと南アジアのカルチャーを紹介することを目的に設立されたノン・プロフィット(非営利)のアートスペースである。

Sumesh Sharmaらと皆でご飯を食べていたら、「AKIも展示する?」みたいな軽いノリで決まったのだが、展覧会のスケジュールを確認するとオープンまで1週間を切っており、驚かされた。

たとえば、美術館の場合は、開催の1〜2年かそれ以上前から打診がくる。ギャラリーの場合は、半年〜1年半前くらいだろうか。もちろん急なオファーを受けた事も少なからずあるが、それでも1ヶ月前には話が来ていたと思う。

でも、そんなスピード感もNYらしいところなのかもしれない。

 

左からTran Minh Duc、 Shubho Saha、私。 (写真には写っていないが、Bita Razaviは塗り絵と映像作品とを出展していた)



そんなスピード感の中でもオファーに応えられたことで、他の作家からも大いに刺激を受けた。

Ducは、アメリカの独立宣言文の一部が、ベトナムの独立宣言に引用されていることに着眼し、ベトナム語、英語それぞれをシーツに刺繍した。ベトナムがフランスから独立したのは1945年のことだが、ここに書かれた平和や人権へのメッセージとその後の二国間の歴史とのギャップに対するDucの想いのようなものが感じられる。
http://san-art.org/producer/tran-minh-duc/

Shubhoは、ゴミとそれ以前の境界に注目し、掃除機やゴミ袋、茶色い包みなど拾ってきたものを展示した《ゴミ箱》という名の作品を展示し、消費社会に蔓延する消費と廃棄の終わりのないサイクルを思い起こさせるものだった。こうした、全く異なる社会で育ってきた二人から感じる当事者としての視点や、社会システムへの考察を身近で見られることも、この滞在の醍醐味なのだと、展示を通して気持ちを新たにすることが出来た。
http://shubhosaha.com/


こんな話を書くと、今回のNY滞在は、とても順調に見えるかもしれない。 だが、困った点はもちろん多い。

とにかく、NYは物価が高い。

近所のカフェでオープンサンドイッチを頼んだところ、チップ込で18$(およそ2000円)になったのには、唖然とした。(バケットに、アボカドとハムを乗せたものだったので、私にも一瞬で作れそうだ……)

土日は、地下鉄は運休になる場合も多いので注意が必要だし、先日の3/12には、突然1時間時間が進んでいて、本当にビックリした。Day Light Savingのためだった。

単位が、inch, Ft, ポンド、オンス……と日本と違うのにも、なかなか慣れない。

他にも困った事ばかりだった気がするが、忘れてしまった。
というのも、NYのアートシーンは、本当に刺激的だからだ。

ギャラリーにて皆で記念写真

NYで見た展覧会・アートフェアの話や、ISCPの詳しい話については、また次回。

 

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Text by AKI INOMATA(@a_inomata

AKI INOMATA

現代美術家 東京藝術大学先端芸術表現科修了
生き物との恊働作業によってアート作品の制作をおこなう。 主な作品に、3Dプリンタを用いて都市をかたどったヤドカリの殻をつくり実際に引っ越しをさせる「やどかりに『やど』をわたしてみる」、飼犬の毛と作家自身の髪でケープを作り互いが着用する「犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう」など。 「KENPOKU ART茨城県北芸術祭」(2016)、「Out of Hand: Materialising the Digital」Museum of Applied Arts & Sciences、オーストラリア (2016—17)、「ECO EXPANDED CITY 2016」WRO Art Center、ポーランド (2016)、ほか国内外の展覧会に参加。
所属ギャラリー:MAHO KUBOTA GALLERY  

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