想定通りのここまでと、想定外の引っ越し

40,065 view

思えばこれまで28年間、想定外の出来事なんて、あんまり起こっていない気もする。

それもそのはず。私はいつだって自分の人生に、ある程度の保険をかけて、自分でハンドルをがっしりと握り、そこそこの安全ルートを進んで来たからだ。

 

「この高校ならば合格圏内だろう。行きたい部活の強豪校だし」
そう思って受験した、実家の近所にある公立高校。入学後は予定通り吹奏楽部に入部し、高校生らしい夏を過ごした。

「卒業後に作家活動をする同級生も多いけれども、自分は就職をする。手に職を付けよう」
そう決めて、美大を卒業して正社員として入社したベンチャー企業では、Webディレクターとして3年間働いた。OLらしいスーツを着て、新橋や銀座にプレゼンに行った頃が懐かしい。

「フリーランスになるにしても、業務委託でいくつかの仕事を兼任しよう」
会社を辞めて独立したといっても、私の場合は非常に「安全な独立」だった。いくつかの会社に、週のうち半分通いながらのフリーランス。俗に言われる”パラレルキャリア”として働いている。こうしておけば、固定収入もあるので、食いっぱぐれることはない。

幸いにも、会社員時代に身につけた「手に職」はわかりやすく仕事の武器となった。全ては計画通りーー…というよりも、想定内。

 

王道を歩むことは、昔から苦手だった。
運動は大の苦手で、体力もないし、テストではどれだけ集中しても満点は取れない。

そのために偏差値の高い大学や、就活で人気の大手企業には縁がなかった。(記念受験でもしておこう、と思った電通には、共通の筆記試験で落ちた。記念受験も出来ない、門前払いだった)

美大、ベンチャー企業、フリーランス。王道ではない「脇道ルート」を歩んできたかもしれないけれども、それでも。ハタチの頃の私に今の自分を見せればきっと、「想定通りと言うと思う。

だって、会社を辞めて独立することも、情報発信するメディアを作ることも、ツイッターでフォロワーを数万人まで増やすことも、ハタチの頃に作った計画書に書いてある。恐ろしいほどに、想定内。

私には姉が2人いる。そのこともあって、子どもの頃から数年先のプランニングをするときには、彼女らを手本にしたり、もしくはその道から逃れたり。身近な体験記と、脳内シミュレーションである程度、この先数年までの予測をつけて、これまでやってきた気がする。非常にリスクが低く、燃費の良い人生だなぁと思う。


でも、だからこそ、私は自分の人生に確たる自信を抱けていない。自虐癖は28歳になっても抜けないし、「挑戦を選ばず、安全圏を走って来たこと」が自分を小さく否定し続ける。だから、大きなリスクを取って生きる人たちの勇敢な姿に憧れ、眩しく思い、せめてもの償いのような気持ちで、彼らの生き様をインターネットに文章として残している。

人が取るリスクの大きさは、その人の刻む歴史の大さに等しい。

巨人のような歩幅で歩む人を横目にみては、自分は自分が手に負える範囲の小さな半径で、永遠にコンパスのように円を描き続けている。地面に木の枝で絵を描いて、何時間でも遊んでいた幼少を思い出す。地面に描く円の半径は、おそらく少しずつ大きくなるのだが、あくまでも安全圏でじわじわと面積を広げていくだけだ。

ちなみに、ハタチの頃の私の「将来の夢」は、地元から離れて、憧れの東京で頑張って、情報発信の仕事をすることだった。それも自分の名前で。

それでいえば、もうその夢はちいさく、叶ってしまったのだ。


インターネットの歴史は短く、「小学5年の頃からブロガーだった」と主張する28歳の私は比較的古参の人間でもある。昨今のオウンドメディアブーム、コンテンツマーケティングブームの追い風に乗っかって、大手代理店や大企業、数々のスタートアップ企業でなぜか毎日のようにコンサルとして呼んでもらっている。(就活の時は、かすりもしなかったというのに!)

ただ、毎日ペラペラとSNSの効果的な使い方なんかをしゃべりながら、この仕事をいつまで続けるのか? と疑問も湧いてくる。べつにセミナーを開きたくて東京に来たわけでもないのに、すっかりセミナーが板についている自分には、少しだけ嫌気が刺してしまう。

よく言えば「旬な人材」だが、悪く言えば、消費社会の真ん中で消耗しているだけだ。でもそれは、安全圏を手堅く、小賢しく歩いてきた自分には、お似合いな場所のようにも思う。


 

大阪の北摂で生まれ育った私にとって、「東京」は人生の目的地だった。

東京で一旗あげて、仕事の入り口さえ確保できれば、将来的には地元にUターンするか、他の気に入った場所に移住するか。きっとそんな人生だろうと。

兵庫県の山奥で暮らす高木正勝さんの暮らしぶりを見ては、自分も近い将来、そういう暮らしも良いな、だなんて憧れていた(もっとも、高木さんほど山奥に暮らす勇気もないけれども…)。

 

そんな私は、来月、夫の生まれ故郷に引っ越すことになった。

それが笑ってしまうくらいに遠くて、もしその故郷が九州や北海道だったら自分なりに仕事の準備も出来たのだけれども、ニューヨークである。トランプ政権かよ、と。

NYにはZARAも、ユニクロも、無印良品もある。なんなら日本の田舎よりは、感覚としては東京に近い。ただ、私は完全に五里霧中だ。

夫が移住することを知る人たちはみんな「塩谷さんは、どうするの?」と聞いてくる。「NYで音楽家として成功するぞ!」というわかりやすい目標を掲げる夫とは違って、「さぁ、どうしましょうねぇ。私の人生、こんなに見通しがつかないの、初めてなんですけど……」と、言葉を濁してしまう私。わりとダサい。

自分自身の人生設計をペラペラと語れないのは、28年生きてきて今が初めてだ。


もちろん、結婚前からNYに引っ越すことは大前提だったし、私は夫のNYでの成功を一番に願っている。でも、私の人生があちらで上手くいくかどうかはこれまた全く別の話で、一部の人からは「塩谷は絶対に東京にいたほうがいい。NYで外国人として生きるより、東京で塩谷舞として生きるほうがよっぽど得策だ!残れ!」と言われ続けている。

それも一理ある話だけれども、NYに住んでる知人からは「塩谷さんはNYに向いてる。絶対に一度来た方がいい」だなんて言われる。まぁきっと、これは以下の話と同類だ。

キャリア的な話は、そのまま鵜呑みにしてはいけない。昔話だが、僕が高校3年の時に、受験勉強しなきゃと思い立って職員室に話を聞きに行くと、国公立出た先生は国立の良さを説き、私立は私立、留学経験者はいかに日本の大学がダメかを語った。第二次志望校でも現役で入った先生は「いち早く東京に出るべき」だと言い、浪人した先生は「予備校時代は人生の青春だ」と語った。

結局、経験談からしか語れない。人は自分の人生や選択を肯定したいから。それは僕も同じだ。 (via NEWPEACE Inc.

 

それにしても、困るのは仕事だ。

ライターという言語に依存した仕事をしておきながら、海を渡れば5歳児レベルの英語力で、おそらくまともに仕事にはならない。東京で培ったコネクションをほとんど捨てて、ただの外国人としてどう生きるのか。

1つ前の記事で私は白々しくもこんな前置きを書いたんだけれども、これはもう、完全に盛大なフリでしかない。

私は海外で暮らしたことがない。だから、「あの国ではこうなのに、日本は…」という話を聞いても、「まぁ、そういうもんでは?」と思ってしまうくらいで、イマイチ危機感もなく、次の日も変わらずに過ごしてしまう。

自分の暮らしーーわかりやすく言えば、収入や、仕事や、食べるもの……などに直結しなければ、なかなか自分は危機感を抱けない。(前回の記事より

 

あちらに行けば、収入も、仕事も、食べるものも変わる。だからもう、実はここ数ヶ月ずっと、危機感しか抱いてなかった……(笑)。


私たちは10月19日に出国予定で、しばらくはNorth Brooklyn近くで仮住まいを転々とする。とはいえ、来春に東京で予定している自分たちの挙式があったり、既に決まっている日本での仕事も多いため、今借りている東京のマンションは来春まで借りっぱなしだし、私はかなりの頻度で行ったり来たりするようになると思う。

多くのクライアントには、こんな理由で、来年の仕事を引き受けるにも受けられず、とてもご迷惑をお掛けしてしまっています。申し訳ありません。


私は、大きな夢なんてあまり描いたことはなかった。己から湧き出る欲望…なんていうのも、そこまで強くはない。ただ、課題にぶつかると、わりと燃える。

これまで、日本の美大が抱える課題、Web制作会社の抱える課題、メディア業界の抱える課題ーー……自分の所属するコミュニティ内で課題にぶちあたった時に初めて「これ、解決すべきでは?」と、やる気がむくむくと湧いてきた。

だから、縁もゆかりもないNYで、自分がどんな行動をするべきか、だなんて今はまったく想像がつかない。むしろ、東京にいたほうが、課題解決という意味ではよっぽど有意義だとは思う。

NYには行かない……という選択肢もあったけれども、ちいさく夢が叶ってしまった今の世界から、少し抜け出したい、という気持ちはある。

 

 

立派な話でもなく、役にたつ訳でもない。こんなにも個人的な話は、胸の内にしまっておくべきなのかもしれないけれども。ただ、ここ数ヶ月は見通しのつかない未来の前で、どう振る舞えば良いのかもわからなくなってしまって。

ぶっちゃけていえば、しっかり悩みを書きたかったし、もっと直訳すると、あちらでのお仕事お待ちしております、というささやかな営業でもあります(笑)。

 

来月からは、はじめての海外暮らし。子どもの頃に母がよく歌っていた「ケセラセラ」の歌詞ばかりが頭の中でエンドレスリピートしてしまうけれども。「なるようになる」であろう未来に、つぶされないように希望を掴みつつ……来月の渡航の前に、納品するものはしっかり納品して、出発したいなと思います。

海外暮らしのアドバイスや、お仕事のご相談などなど、全力でお待ちしております!(涙)

Text by 塩谷舞(@ciotan

 

この続編のようなコラムを、She isに書きました。
こだわりも、プライドも、ケロっと捨てるくらいがちょうどいい

RANKING

RECOMMEND

FOLLOW US