「SNSに写真をアップするだけ」のアート観賞が流行る時代に。美術家とマーケターの、京都での挑戦

Text by 塩谷舞(@ciotan

 

最近、何かの前でふと感動して立ち止まったり、動けなくなった記憶はありますか?

駅のホームにある広告だったり、たまたま目に入った絵画だったり、道路の脇に生えている雑草だったり。

ちなみに私は、家でシャワーを浴びている数分間以外はずっとスマホをいじってしまうようなスマホ依存症(重症)なので、昔よりも現実への感度がずいぶん落ちてしまった気がします……。

そんなスマホ依存症な私に、尊敬する美術家が、こう教えてくれました。

「ここ最近、人がアートにかける時間が、かなり短くなっているんです」

その人は、こう続けます。

「美術館の展覧会や、野外の芸術祭でも、1作品に滞在する時間が極端に短くなっている。スマホで流れていく情報に慣れていくからか…」

あぁ、耳が痛い。でもまさに、私のようなスマホ依存症人間が増えているということです。アート鑑賞するときぐらいスマホから逃れられれば良いのに、「どう撮影したらInstagramで映えるかしら」だなんて考えて、パシャパシャとやってしまう! 

 

そんな話をしてくれた美術家は、こちらの矢津吉隆さん。

きれいに錆びた鏡のような、不思議な存在感のある作品は、矢津さんの手によるもの。

(撮影:守屋友樹)

 

そして矢津さん、私塩谷にとっては京都市立芸術大学の先輩でもあります。数年ぶりに再会し、京都のとある町屋で取材中。

(……いや、取材というよりも、7年ぶりに会った先輩とアート業界の話でひとしきり盛り上がっている、というほうが内容に見合っているかもしれません。つまり、かなり距離感近めのインタビューになりますが、ぜひ読み進めてやってください!)

 

『kumagusuku』と『マガザンキョウト』京都に生まれた2つのコンセプトホテル


塩谷
「私も人のことを言えないんですが、作品鑑賞がもはや、チェックイン感覚になってますよね。東京だと余計に、その感覚は強いかもしれない。作品を自分の目で見て考える……ということよりも、Instagramのために何十枚もバシャバシャと撮って、次の場所、次の場所へとスタンプラリーしていくような……」

矢津「そうなんですよ。僕は美術を創る人間として、その流れがすごく嫌で。とはいえ、あえて強制的に滞在させるような作品を創るのも嫌だったんです」

 

そう話す矢津さんは、美術家としての制作活動と並行して、2012年から宿泊型アートスペース 「kumagusuku 」を京都・大宮にオープン。

ここは、展覧会の中に泊まるホテル。

年に一度だけ、展示替えをするというkumagusuku。質の高い作品だけがキュレーションされたこの敷地内に入ると、極端に短くなった人とアートの距離を巻き戻してくれるような、異次元な空気に巻き込まれる感覚。たまらなく、空間の力があるんです。


そんな矢津さんのキュレーション力に惚れ込んだ一人が、写真の真ん中で笑うお兄さん、岩崎達也さん。

こちらの岩崎さん(取材に伺ったのにジャージ姿で登場しましたが…)前々職は東京の大手広告系企業でサラリーマンをしていたそう。

そんな彼が、二条城にほど近い京町家を一棟リノベーションして立ち上げたのが“泊まれる雑誌”をコンセプトにした『マガザンキョウト』。はい、我々3人が談笑しているこの空間です。

美大を卒業して、美術家になり、ホテルを立ち上げた矢津さん(左)。
一般大学を卒業して、東京でサラリーマンになり、脱サラしてホテルを立ち上げた岩崎さん(右)。

お二方ともリスキーすぎる人生ですが、リスキーな場所に立つからこそ、見える景色は鮮やかになり、嗅覚は冴えていくもの。

ちなみに、取材場所である『マガザンキョウト』では、雑誌の特集のように、シーズンごとに京都カルチャーを体験できる空間が展開されていきます。今回は矢津さんが共同編集者として関わったアート特集「KYOTO ART CONTEMPORARY 〜京都で現代アートを買う〜」が開催中なんです。

 

マーケターが発起人。”アートを買う”を前面に打ち出した企画展


岩崎
「この企画。共同編集者として矢津さんに入っていただいたのですが、僕が一つこだわっていたのが、“現代アートを買う”というキャッチコピーを付けることでした」

塩谷「いや、このキャッチコピー、私もすごく目を引いたというか、びっくりしたんですよ。そもそも、このニュースがFacebookのタイムラインに流れてきて、え、京都でこんな催しが?!と驚きついでにツイートしたら、そのツイートを岩崎さんが発見してくださって、こうしてお話することになったという(笑)」

矢津「そう、京都の人が言わなさそうなキャッチコピーですよね」

塩谷「そうそう。京都の人は、こんな直接的な表現をしない(笑)」

岩崎「えっ!? (笑)……いや、でも、ホントそうなんですよ。僕は京都に来て2年だし、アートコミュニティに触れたのもつい最近で、これまでマーケティングをやってきた人間なので、本当にビックリしたんです。

作家さんも作品を売りたい意識はありそうなのに、声を大にして言っちゃいけない…みたいな暗黙のルールが存在している気がして。だからあえて“買う”を前に出したかった。。それに、京都外から泊まりに来てくれるお客さんに、京都のアートシーンを持ち帰ってもらう、という提案をしたかったんです」

塩谷「言葉の力で、意識も変わりますよね。お客さんは『ここは買い物する所なんだ』という思いで来てくれそうだし、作家さんも『これは売り物なんだ』っていう認識で作るから、両者が歩み寄りそう。何年も前からアートマーケットで戦ってる矢津さんからすると、既に思考し尽くした議題かとは思うのですが……」

矢津「あぁ、僕は今回は共同編集者(キュレーター)として関わったので、あえて作品がアートマーケットに出ていない作家さんを選ばせてもらいました。

プライマリーギャラリーで個展をする…となると、『売れるものを創らなければ!』と構えてしまう作家も多い。でもこういうフランクな場で、構えずに作品を創って、出していくかを経験するのは、作家として生きていく若い人たちにとっても良いことです」

※ プライマリーギャラリー:所属作家を抱えて、作家のプロモーションや作品販売を行い、売り上げを作家とシェアするギャラリー。音楽レーベルやタレント事務所のようなイメージ。

 

アーティストの仕事が、空間のプロデュース方面にシフトしている


塩谷
「確かにそうですね。でも今、日本の若い作家さんの中では『プライマリーギャラリーに所属することが憧れ』という意識も変わってきている気もします……まぁそれは、音楽業界でも、芸能界でも、漫画業界でも、似た動きがあるかもしれませんが。大手プロダクションに所属するよりも、自分でインターネット発信しようぜ、的な。

もちろん一部の有名なギャラリーは、世界のアートシーンで勝負する上で重要な存在だとは思うのですが」

矢津「まぁ、京都はそういう有名なギャラリーの多くが、ここ数年でどんどん撤退してしまったからね……」

塩谷「私が美大生だった数年前までは、周囲の作家志望の子たちには『美術家として活動するためには、プライマリーギャラリーに所属しよう!』という目標意識が確かにあったし、所属作家さんへの憧れを美大生は抱いていました。でも、次々にギャラリーが撤退してしまうとなると……」

矢津「そうですね。そうしてギャラリーがなくなる一方で生まれたのが、ホテルアンテルーム京都だったり、僕の運営しているkumagusukuだったり」

京都駅近くにあるホテルアンテルーム京都の一室は、彫刻家・名和晃平さんのアートと宿泊することもできる

塩谷「衣食住や音楽と密接な空間にアートを提供して、多くの人に観てもらって……という動きが活発になってるし、そういったアーティストの仕事が増えてきましたよね。空間プロデュース系、といいますか」

矢津「うん、変わってきたと思います」

東京と京都で異なる、アーティストの制作環境

塩谷「京都といえば、彫刻家の名和晃平さんや美術家のヤノベケンジさんみたいに、大きな作品を生み出すファクトリーが複数あるじゃないですか。私の同級生も、京都芸大卒業後は共同アトリエを運営して、機材をシェアしてたりするし」

矢津「そうやね。逆に東京で大きな作品を創ってる人は、かなり郊外に場所を構えてるよね。京都は街の規模も小さいから、みんな近くに集まりながらも、大きな作品が作れる環境はある」

塩谷「そう。そんな環境がある京都って、すごく良いな、と思っていて。ただ、これは私自身のジレンマなんですが、東京だと少しネットで話題になるとメディアからの引き合いが半端ないんですよ。だからメディア出演、展覧会、メディア出演、展覧会…… って過ごしていると、欲望も中途半端に満たされちゃうし、大作を創る時間も削られてしまうのかもしれない」

矢津「……なるほど。東京と京都のアート事情を比較考察して話せるライターさんって滅多にいないから、やっぱり君は東京行ってよかったね(笑)」

塩谷「え、嬉しいです…。 大学時代はアート系のメディアを作っていて、卒業後は東京の広告系の会社に就職する…と決まったときに、周りからチクチク言われたんですよ。“関西を捨てるんか”とか、“アートはもう諦めたのか”って」

塩谷「でも正直、あのままアート系の仕事を生業にしていても、他で稼がなきゃなかなか食えなかった。社会のことも、知らなさすぎた。だからまずは就職したかったのに、アートから離れた瞬間に“諦めた人”というレッテルを貼られたのが、めちゃくちゃ悔しかったんです」

企業に入るからって、夢を諦めたことにはならない


岩崎
「うーん、それは違いますよね。マガザンキョウトに泊まりに来てくれたお客さんで、伊勢丹のバイヤーさんがいたんです。こんなフランクな空間なのに、ピシッとしたスーツできてくれたんですけど。

そんな彼がこの空間をすごく気に入ってくれて、伊勢丹京都店で「キョウトニイッテキマシタ」という催事・企画展をやらせてもらうことになった。矢津さんと共同企画で提案したのですが、百貨店とは思えないほどかなり自由にやらせてくれたんですよ」

矢津「あれは本当に、良い場やったね」

伊勢丹の婦人服フロアとは思えぬしつらえ。手前がマガザンキョウトのセレクトした雑貨、奥がクマグスクのキュレーションしたアートスペース

岩崎「バイヤーさんが、本当に頑張ってくれたんです。社内でも戦ってくれたみたいで、純度の高い企画を通すことが出来た」

塩谷「最高の取引先ですね…。

大企業の中には、私みたいに“夢を諦めた”というレッテルを貼られて、なんとか見返してやりたい! って人がたくさん潜伏してると思うんですよ。学芸員の資格をとって、美術館を持っている大企業に就職したのに、希望部署に行けず5年も営業職をしている……という子もいます。

きっとそのバイヤーさんも“自分がこの会社の文化度を担ってるんだ!”って、必死に戦ってる気がする」

岩崎「実は今、僕はマーケターとして大手メーカーの企画を手がけているのですが、そこにも矢津さんに関わってもらってるんです」

塩谷「ど、どういう立場で…?」

岩崎「アート観点での監修・パートナーとして、ですね。AMP(Ambient Media Player)というPanasonic社の新しいアート系のプロダクト・サービスが、SXSWとミラノサローネを皮切りに発表されたのですが、まずはそのブランディングや、製品内で放映される映像作品のディレクションに入っていただいてます」

塩谷「私、矢津さんのキュレーションが好きなので、普通に気になりますそれ……」

矢津「10年以上美術家をやってきて、まさか大手メーカーがクライアントになるとは思わなかったのですが(笑)。でもやっぱり、作品に対する額縁の選び方だったり、美術家じゃないとわからない視点がありますしね」

塩谷「作品を売るだけじゃない、アーティストのあたらしい働き方は、どんどん増えていますよね。『アーティストは作品だけに心血を注ぐべきだ』という人もいますし、その想いにも共感する一方で、アーティストとしての多様な働き方がもっと周知されても良いと思います」

岩崎「アートプロデュース系の仕事も同じくですね。この春からマガザンキョウトに入社するスタッフは、東京藝大を卒業後、彫刻家の名和晃平さんのスタジオ、SANDWICHで働いていた子なんです。

彼女はそこで、手を動かすアート制作に加えて、チームマネジメントやPMのような仕事をしていました。いわゆる作品制作以外のプロセスも経験しているのは強みですよね」

塩谷「アーティストのスタジオが、人材輩出もしてるなんて! しかし、そういう人材の役割は、増えていますよね。私も頑張らねば」

矢津「いや、本当に頑張って! 塩谷さんには、アートをバズらせる、ってヤツをどんどんやって欲しいね」

塩谷「いや、はい。うん。でも……やっぱり、広告の仕事と、アート領域の仕事を兼業でやっていていいのかな、どっちかに絞ったほうがいいのかな、という気持ちもあるんですけどね…」

岩崎「垣根を崩していく仕事は増えていくと思いますよ。『君はアーティストとデザイナー、どっちなの?』という問いに答えられない、という人も、ポジティブに活動領域を広げています」

塩谷「まあ、矢津さんなんて、ガチな美術作家なのに、いつのまにか二足のわらじでホテル王ですもんね。しかも2店舗目もオープンされるという…」

矢津「ホテル王とちゃうけどね…。でも2店舗目は新築で、二条城の南にオープンします。岩崎くんも、今度はぜひ新築を建てよう!(※マガザンキョウトは町屋リノベーション物件)

岩崎「そりゃ、やりたいですよ! これはまだ妄想ですが、東京の神保町にも出したいですしね。雑誌の町だから。誰かそこで編集長をやりたい人がいたら、ぜひ一緒にマガザントーキョーを作りたいです。あとは地元兵庫に、マガザンコウベとかもいいなぁ…」

塩谷「ホテル支配人じゃなくて、あくまでも編集長なんですね」

岩崎「泊まれる雑誌、がコンセプトなので…。今回はアート特集号ですけど、次号はまた毛色が変わりますよ」

塩谷「編集長、楽しみにしてます!」

 

ーーその後も議論はあっちに転び、こっちに転び。盛り上がりすぎてしまい、取材時間は3時間に……。いやでも、こうしてゆっくり語らってしまったのも、空間のゆったりした空気によるものなのかもしれません。

マガザンキョウトの誌面(館内設備)はこんな感じ

ちなみに。岩崎編集長の手がける、マガザンキョウトの誌面(館内設備)を写真でご紹介しましょう。

 

階段1段ごとに、年代の異なる古本が並んでいる

タイトルも作者もわからず、オススメコメントだけで選ぶ小説コーナー

壁に直接書いちゃった、マガザン壁コラム

昼は、大勢の人がギャラリーを訪れて賑わっています。京都で友達作りたいときは、ここに泊まるといいかも。

ということで、私はこの日、マガザンキョウトに宿泊することに!

一棟貸しなので、スタッフさんは夜いません。なので鍵の番号を教えてもらいます。

鍵、かわいい。

 

 

メインの展示スペース「移動型クマグスク」では、24時間ずっと松見拓也さんの作品が照らされています

 





そして夜。








AM 8:30

 

ガラス越しに入る朝の光、とてもよかったです(ひとりで泊まりました)(どうやって撮影したかはご想像にお任せします)。

 

ふつうのホテルとは違う、時間をとりもどすような、ゆっくりとした朝。目覚めると、そこにはアート。同じ作品なのに、昨日とはなんだか違って見えます。(一夜を過ごした仲だから…?)

作品と、こんなにプライベートな時間を過ごしたのは、はじめてかもしれない。

もちろんスマホ依存症なので「これは!Instagramにあげなければ!」とバシャバシャ撮影もしていたのですが。

朝の #マガザンキョウト は光が気持ちよく入って うれしーーー

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ゆっくりとした時間をかけて、過ごしてみると。

アートに限らず、いろんなものの見方が変わってくるものです。

だって、来たときには気づかなかった窓ガラスの美しさにも、朝起きてから嬉しくなったんですよ!

ほらきれい。


いつも出張のときは、ビジネスホテルに泊まってしまうけど、もったいないことしてたなぁ。町屋だから寒いかな? と思ったのですが、寝室のある2階はポカポカで快適でしたよ。

京都に行く方は、ぜひ。マガザンキョウトか、kumagusukuに、泊まってみてください!

むしろ、泊まることを目的に、京都に遊びに行ってください!

そこにいる矢津さんや岩崎さんに話しかけてもらえると、なにか面白い話題で、盛り上がるかもしれないですよ。

また、矢津さんは4月下旬から、東京で個展を開催されます。そちらもあわせて、ぜひ。

矢津吉隆 | Passage

開催期間 2017年4月22日(土)~5月27日(土)
開廊:火曜 – 土曜 12:00 – 19:00(休廊 日曜・月曜・祝日)
オープニングレセプション:4月22日(土)18時 – 20時
Takuro Someya Contemporary Art
〒106-0047 東京都港区南麻布 3-9-11 パインコーストハイツ 1F

 


Text by 塩谷舞(@ciotan) Photo by 斉藤菜々子(@ss_nanako77) 

[PR]  提供:マガザンキョウト / KYOTO ART HOSTEL  kumagusuku

 

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