「武蔵美の井口」彼は間違いなく、美大界隈のスターだった。

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Text by 塩谷舞(@ciotan

 

「○○中学校の××ってヤツ、全国大会に出たらしいぜ」

と、スタープレイヤーの輝かしい戦績は、隣町の運動部内でもしばしば噂される。近くて遠いスタープレイヤーは、その他大勢のプレーヤーたちから憧れられ、目標にされ、嫉妬される。そして、それはどの界隈でも同じこと。彼は間違いなく、美大界隈のスターだった。

 

「武蔵美の井口ってヤツ、会社立ち上げたらしいぜ」

そんな情報は、隣町……を遥かに超えて、遠く離れた関西に住む美大生にも伝わった。2008年のことである。私は当時、京都芸大に通う18歳。「武蔵美の井口」は22歳、仲間たちと「TYMOTE(ティモテ)」というクリエイティブカンパニーを立ち上げた。

 

馬をかぶった覆面集団がTYMOTE。いかにも、美大発のクリエイティブカンパニーらしい風貌である。そして、その中でも個人名でよくメディアにも紹介されていたのが、井口皓太氏だ。彼の創るGIFアニメーションはネットで度々話題になっているので、見たことがある人も多いだろう。

 

Kanji City – Kyoto – (2012) 全編はこちら

 

センスのある東京の美大生たちが、センスのある美大生同士で集まって、オシャレでARTSYなモノづくりをしている。それが、私が約10年前に知った「TYMOTE」という会社だ。

設立1年後の2009年には、TYMOTEは伊勢丹の彩り祭のアートディレクションを手がけていた。天下の伊勢丹の仕事を担うには若すぎるし、それもまたセンスが良かった。

私は遠方から彼らを、なんと言えばいいか、非常にまぶしく、そして少し嫉ましく眺めていたし、なんなら代官山で開催された彼らの期間限定アートショップに訪れたときは、関西から夜行バスで遊びに来たヨレヨレの自分がその場所に似合わなさすぎて、逃げ出したいくらいだった。

代官山に登場した期間限定SHOP「POMY」(2010)

彼らはイケてる。オシャレなクライアントと、オシャレなモノづくりをしている。デザイン系美大生の憧れである。でもなんだか、東京の空気を吸っていない当時の私にとっては、彼らの生み出すもののターゲットに自分は含まれていないんだろうな、と思ってしまうところがあった。

つまり、オシャレな都会の若者による、オシャレな都会の若者のための、オシャレなデザイン、という気がしていた。(この原稿、既に5回もオシャレが登場する駄文なので、そろそろ控えよう。そして妬みのようなひとり語りも、ここでおしまい。)


時は流れて2017年。井口さんと、二人で話をすることになった。「井口の取材をしてくれ」と彼の仲間から相談を受けた。当時名前も知られていなかった私がこうして依頼をされることはかなりの変化で、とても嬉しかったのだけれども、井口さんの方がずっと大きく変化していた。

「武蔵美の井口」は今、32歳。結婚して、京都に引っ越し、息子を持ち、仕事の幅も、立場も、そして思想も変わった。彼から放たれるオーラは、昔とまるで違っていた。なんと言えばいいか、人間としてのキャパシティがとてつもなく広い。

井口 皓太(Kota Iguchi)
1984年神奈川県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科在学中に株式会社 TYMOTEを設立。グラフィックデザインと映像デザインを軸にCM、MV、ライブ演出や、ブランディングなど、さまざまなデザインワークを行っている。2013年に世界株式会社を設立。会社や所属のフレームを超えたクリエイターやマネージャーが共存する場を創り、自社発信のデザインワークを行っている。受賞歴に、東京TDC2014:TDC賞、2015D&ADにおいてyellow pencil、第94回ニューヨークADC賞にてゴールド受賞などがあげられる。井口.com

 

「人を殺す目をしてた」と言われた美大時代

塩谷:井口さん。今日は取材ということで……上澄みの話をしてもつまらないので、いろいろ本音でお話できればと思うんですけど。そして、それが、少し失礼になっちゃうかもしれないのですが。

井口:え、もちろんいいですよ(笑)。

塩谷:ありがとうございます。えっと、私、10年前から井口さんたちのTYMOTEをずっとウォッチしていて。めちゃくちゃカッコイイんですけど、「他のヤツらは入れない」という排他的な空気が……。

井口:あー。それはね、設立当時は本気でそう思ってたんじゃないかな。自分たちの力を試さないと気が済まなくて、かなり尖ってたから。周りからも「人を殺す目をしてた」とか言われて……。

塩谷:そう、めちゃくちゃ怖かったんです(笑)!でも今の井口さんには、その怖さが一切ない。そして、創るものも明らかに変化して、ある種の公共性や、世代を超えられる強さのようなものをまとっている。この10年で一体、何があったんですか?

井口さんが最近ディレクターとして創り上げた、彦根城のプロモーションムービー(2016)詳しくはこちら

 

「自分たちの表現だけをやっていい枠」で暴れても、意味がない

 

井口:TYMOTEを立ち上げた頃は、とにかく「クリエイションの力を見せつけてやろう」という意気込みだったんですよ。でも、仕事を振ってくれる会社さんとの付き合いが深まっていくと、当然、いろんな仕事をしてる人がいるんだよね。活動に協賛してくださる会社も、そもそもお金を生み出してる人も、みんな、自分の知らなかった仕事をしている。

塩谷:たしかに。美大の中で4年間生活していると、クリエイター志望者ばっかりで価値観が偏ってきますけど……社会はそうじゃないですもんね。

井口:そう。それまで「自分たちの表現だけで勝負するぞ!」と思ってたし、それなりに通用してきた。けど、それはある種、社会にお膳立てされていたというか……「自分たちの表現だけをやっていい枠」が、世の中には用意されてるんだよね。

塩谷:ふむ……それは、費用対効果を測られる販促物ではなく、企業のイメージ向上や、社会貢献を訴求するための広告枠ですね。

井口:そう。その場所を与えられて、その中だけで暴れていることに気がついたんです。それって、なんだか悲しいじゃないですか。 本当にクリエイティブが好きなんだったら、もっと大きく視野を広げて動くべきだと思ったんです。

塩谷:でも、ある種その「与えられた場所」は、企業がパトロン化したアート枠のようなものだと思うし、そこで作品を創ることを目標にするクリエイターも多いと思います。TYMOTEがもっとアーティスト寄りの集団になって、パトロンを増やして、展覧会を開くような方向性に進んで行こう……とは、ならなかった?

井口:TYMOTEにはいろんな姿勢の人がいるからね。ファッションブランドを立ち上げたり、アーティストとして活動したり、広告的な思想の人もいるんだけど。俺としては、クリエイターとしてどのように社会と関わるか、ということが大きなテーマになってきた。

塩谷:ふむ。最近は井口さん、自分自身のクリエイターとしての活動じゃなくて、クリエイティブ業界をヘルシーにしていくような活動にも、中心人物として参加されてるじゃないですか。

井口:そうですね、BAUSを立ち上げてる真っ最中。

 

「お前らは美大生のオナニー」と言われることが嫌だった

塩谷:これは、心底アツいサービスだ!とワクワクしてるんですよ。協力すると名を連ねている会社も本当に多いし、面白いところばっかり。これほどちゃんとした、プロのクリエイターのプラットフォームってなかなか存在しないので、これは革新的なのでは?!と。

塩谷:でも正直、井口さんほどの才能があれば、プラットフォーム作りよりも、自分の表現を突き詰めていけば良いのでは? と思うわけですよ。井口さんは、指名で来る仕事も多いだろうし、周りの環境を高めて、めちゃくちゃ質の高いものづくりに専念して、トップランナーとして業界単価をガンガン引き上げて、スターとして君臨して欲しいんですよ。だって「武蔵美の井口」は、我々世代にとってマジでスターなんですよ。

先日、かなり尖ったクリエイターたちと一緒にNIKELABのムービーを創られてたけど、あれぞ「世界の井口」の仕事だ、という感じがする。


NIKELAB PRESENTS「先」FUTURE OF AIR(2017) 詳しくはこちら

 

塩谷:それがどうして、あえてBAUSのような、社会貢献的な仕事をされるんでしょう? 

井口:え、これは社会貢献なのか。そこまで普段の仕事と、切り分けて考えてなかった(笑)。

ただ俺は、10年前にTYMOTEを立ち上げたときから「お前らは美大生のオナニー」みたいなことを言われるのが、一番嫌だったし、未だにコンプレックスがあるんですよ。TYMOTEは美大生の中でめちゃくちゃ尖ったヤツらを集めて立ち上げた会社だったけど、そんな自分たちだけが仲間になって行動しても、何も世の中は変えられない。

BAUSは、TYMOTEのメンバーでもあり、モーフィングという会社の代表もしている加藤が中心になって立ち上げているんだけど、彼は学生時代から美大生の就活を展覧会化して企業とマッチングしたり、全国の美大生をつなぐフリーマガジンを立ち上げたり、とにかく広くクリエイターのプラットフォームを創り続けてきた人なんです。

塩谷:もちろん知ってます。というか、そのあたりは私、気持ち悪いほど詳しいです。加藤さんは、私の目指すようなしごとを常に先にやってこられているので、個人的にかなり意識していて、美大のmixi時代から執拗にネットでウォッチしてました。

井口:だろうね(笑)。BAUSもそんな加藤がコアな部分を創っていくんだけれども、俺はクリエイティブディレクターとして関わっていて。利用者目線で「この機能は気持ち悪いから」とか「これは欲しいから追加してくれ」とか、クリエイターにとって居心地の良いサービスとは何か? を考えていく役割なんです。

塩谷:なるほど。「クリエイターにとっての居心地を良くする」って、なんだかちょっと、あたらしいクリエイティブディレクターですね。

井口:いちクリエイター像としての、クリエイティブディレクターという役割だね。

塩谷:しかし、「クリエイターのサポートをしたい人」だけで、クリエイタープラットフォーム的なものを始めちゃうと、「とにかく仕事獲得のために登録する」というレベルのものになってしまう場合が多いな、と感じていて。売れっ子のクリエイターは、サービスに登録しなくても食っていけるし。

そういう意味で、井口さんみたいな人が中にいる意味が、話を聞いてやっと理解できました。同じ業界の人たちが利用者になるサービスだから、誰が立ち上げるか、というのもすごく重要そうですし。

会社という輪郭も、曖昧になりつつある時代

塩谷:今のクリエイティブ業界って、どんどんヘルシーな方向にシフトしてますよね。みんなでシェアできるものはシェアして、競争するよりも手を取り合う、というような。先日も、そんな同世代のプロジェクトを取材していたのですが。

井口:うん、そうだね。

塩谷:でも、実体験が伴わないので想像ではありますが、インターネット系のクリエイターが登場した頃の時代は今よりももっと、男同士の縄張り闘い、みたいなものが熾烈だったんじゃないか? と思っていて。Web制作会社という組織自体がないゼロからのスタートだから、あたらしい国土の開拓精神みたいなものに溢れていたのでは、と。

井口:それは、確かにあるかもしれない。俺もよく、クリエイターや経営者の先輩たちから「井口君は、もっと敵を作った方がいいよ」と言われていて。そのほうが、クリエイターとしても、会社としても個性が際立つよ……ということなのかもしれないけど。

でも、今は縄張り争いをしたり、自分たちの領域を固めたりすることよりも、いろんな人に会いながら、話を聞いて「なるほど〜」って感心して動いていくほうが、自然だと思うんだよね。

塩谷:会社という輪郭自体も曖昧になってきていますよね。dot by dotさんのこのインタビューなんかは、とくに時代を象徴しているな、と思っていて。

塩谷:会社員として囲い込むのではなく、フリーランスのクリエイターが行き交う場、のような、コミュニティ的な組織が生まれているし、とても健康的だと思うんです。

井口:ある種、それと対照的なのですが。TYMOTEは6、7人くらいのメンバーで、かなり濃いコミュニティでものづくりをしてきたんだけど、美大生時代からの付き合いだし、日々ぶつけ合いだし、まぁ、喧嘩みたいな中からドロッとクリエイティブが生まれてくるわけですよ。

塩谷:それはそれで、楽しそう。大変そうですが……。

京都で立ち上げた「CEKAI」という会社

井口:でも、もうすこしゆるい繋がりで、京都でCEKAI(世界)という会社を作って。社員もいるけど、みんな外の仕事もフリーランスのように自由にやっていて、出社義務もない。

塩谷:CEKAIのクリエイターは本当に、面白い人が多いですよね。職人肌の千合洋輔くんや、本能的に物作りをするテツマルさんがいて。

井口:みんな変わってるんだけど、いいやつ。

塩谷:京都のオフィス、前にお邪魔しましたが、面白いですよね。東京のクリエイターが寝泊まりして、アーティストインレジデンス状態にもなってて。そんな場所をとりまとめている井口さんは、なんだか親方っぽいな、って(笑)。

CEKAIの京都オフィスにお邪魔したときの写真。京町屋にCEKAIのロゴ入り暖簾がかかっている。

中庭があり、ぼんやりできるのが最高。

井口:ホントそれだよ。ウチの奥さんなんて、相撲部屋の女将さんみたいになってるよ!

塩谷:相撲部屋(笑)!

 

井口:面白いクリエイターに出会ったらCEKAIに誘うこともあるんだけど、でも「ウチに入社しないか」という話じゃなくて。たとえば、その人自身の名刺に「CEKAI」のロゴをエンボスで入れるだけ、みたいな形での関わり方もアリだと思うんだよ。

塩谷:かなり自由度が高いですね。

井口:というのも、たとえばグラフィックデザイナーをひとり社員として雇うことになると、そのデザイナーのための案件を獲得してこなきゃ、と考えるようになる。

塩谷:はい。

井口:でもそれって、すごく不健康な状況で。営業側は、とってきてあげてる気持ちになるし、制作側も自分に向いてない案件を手がけなきゃいけないこともある。

塩谷:たしかに。デザインって向き不向きあるのに「自社のデザイナーが作らなきゃいけない」という縛りを自社でつくることも、ものすごく不健康ですよね。

井口:そう。だから、CEKAIは流動的にクリエイターが関わっていて、案件が来たときに、一番向いてる人に相談する。自分自身が打席に立つときは、全力でクリエイターとして創るしね。

塩谷:そうすると、それぞれが本当にハマる仕事を出来るし、とはいえ腕を磨かないと仕事の相談もされないだろうから、良い緊張感がありますね。

井口:このゆるやかな繋がりを、BAUSでも生み出せれば理想的でね。案件ごとに、その分野が得意なクリエイターを集めて、チームを創る。あと……すごい個人的な話なんだけど、俺は今、子ども向けの案件がやりたいんだよ。

塩谷:それは存じ上げなかったです。

井口:やっぱり、日々子どもと過ごしてるとね、いろいろ思うことがあるわけです。でも周りは「井口が子ども向けの案件を欲している」って知らないし、じっと待っててもそんな案件は落ちてこないんですよ。

塩谷:井口さんに、キッズのイメージないですもん。

井口:だよね。だから、BAUSで子ども向けの広告や商品の案件が掲載されたら、かなり応募したい。「案件を自ら獲りに行く」ってのは、やっぱり仕事の熱量を高めるためにも大事なことだしね。

塩谷:なんだか、井口さんは日々、はたらき方から創っていくんですね。自分も周りも、どんどんヘルシーになっていく!

…でもやっぱり、井口さんにはクリエイターとして、もっともっと驚くような素晴らしい作品を創って欲しい。スタープレイヤーであり続けて欲しいです。

井口:んー…。ダサいおっさんみたいになっちゃいそうだから、あんまり言いたくないけど。最終的にはやっぱり、そうありたいね。まぁ、じゃあなんで会社やサービスを作ってるのか? という感じだけど。

塩谷:はい。

井口:たとえば、試験勉強を始めたら、机の周りが気になったりするじゃん。ちょっと片付けてから勉強しよう、みたいな。そこを片付けると、次にインテリアが気になってきちゃって。

塩谷:ありますね(笑)。

井口:俺は、常にその状況なのかもしれない。「よし作ろう!」と思ったときに、まず環境が気になる。今の環境で集中できなかったら、自分に刺激を与えてくれる仲間たちを呼んでくる。その仲間たちが創ってるものも気になる。……っていうね。

塩谷:多動力、ってヤツですかね。でも、その力によって、本当に良い仲間が集まってる。良いクリエイティブを創る、という点での信頼関係が厚そう。

井口:まぁ、いまCEKAIにいるクリエイターで「井口さんのこと尊敬してます!」なんて人、ひとりもいないからね? ずっと若い仲間からは「井口さんは、井口さんでがんばって」とか言われるし。

塩谷:(笑)。それでも一緒にやってるのは、自由にさせてもらえるからだし、クリエイターにとって居心地が良いんでしょうね。

井口:だといいけどね。


ーー井口さんは、32歳。経営者としては、もうすぐで10年。

彼の話しぶりはとても明るくて穏やかなのだけれども、きっと、この10年間でいろんな想いを通り過ごしてきたんだろう。それを「丸くなった」というのは少し違って、本当に、広くなった。受け入れる世界も、生み出す世界も。

いま、彼の周りには、10年前の彼のような目をしたクリエイターたちも集まっている。いちクリエイターでは生み出せないような大きなうねりを創る井口さんは、クリエイティブシーンの体温を上げ続ける中心人物だな、と思う。

私が憧れ、嫉妬していた「武蔵美の井口」は、10年経っても、やっぱり強い。
私も大人になったのか、今はその事実が、とても嬉しい。

Text by 塩谷舞(@ciotan
Photo by なかむらしんたろう(@nakamuran0901
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