NYのアートシーンで今起こっていること、あまりにも特殊な故郷、東京のこと

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Introduction by 塩谷舞(milieu編集長)

 

「NYにアート・イン・レジデンスに行かれるなら、現地の様子を私のメディアに書いてくれませんか?」

 

アーティストのAKI INOMATAさんにそうお願いしたのは、2016年の末。このメディアmilieuがオープンするよりも、少し前のことだ。

非常に真面目で、思慮深く、それでいて大小あらゆる実験を繰り返しながら作品を創る彼女の文章は、これまでにも度々目にしていたのだが、私は編集者として、どうしてもその思考や、そこから見える景色を、しっかりメディア上に留める必要があると思った。

ここは小さなメディアなので、留められる言葉には限界がある。milieuで記事を書いているのは、今のところは私と彼女だけなので、日々メッセンジャーで編集会議をしている唯一のパートナー、と言ってもいいかもしれない。

 

彼女に唯一のオファーをした理由としては、AKI INOMATAの活動を正しく伝えていきたいという気持ちに加えて「彼女はこのメディアにとって、大きな可能性をもたらしてくれるのでは?」という利己的な欲もあった。

 

しかし、いざ渡米した後。日本では考えられないアクシデントに日々追われているAKIさんに、日本に向けてコラムを書いてもらうのは、非常に心苦しいものがあった。留学は、たったの3ヶ月。NYの景色だけを見て、直面する問題に対応するべき、非常に貴重な3ヶ月だ。

 

そしてやはり、最初に届いた原稿からは、彼女のストレスが痛いほど透けて見えた。新しい生活、慣れない言語、あらゆるもどかしさが詰まっていた。私は「ごめんなさい」と心の中で何度も唱えながら、時差を超えて何度も面倒なオファーをしてしまった。

だが、今回、NYから最後の原稿が届いた。彼女から届いたwordは驚くほど肉厚で、あまりにも濃厚。

「NYでのこの経験を、記憶が新しいうちに刻みつけたい」という強い欲を感じた。とてもポジティブな欲求だ。

この原稿を読んで、あまりにも嬉しくなって、不要な前置きを書いてしまったのだけれども……。ぜひ、寒い季節に届いた1回目、そして桜の時期に届いた2回目のコラムとあわせて、彼女の明らかな変化を一緒に感じられれば。

ここから先、あなたはきっと自分がNYいるような感覚に陥るはずだ。ひとりの日本人アーティストの目線を通して。


 

Text by AKI INOMATA(@a_inomata

「こんなにも違う私とあなたが分かり合うには、どうしたらいいのだろう?」

ということを、ARTは延々とやっているのかもしれない。

 

NYでのアート・イン・レジデンスは、もう終わりに近づいている。ミッドタウンの東側に位置するこのアパートで原稿を書くのも、今回が最後になるだろう。

 

 

大部分が単一民族で構成される日本とは異なり、NYには様々な人種、宗教、歴史、文化……を持つ人が世界中から集まってきて生活をしている。各国のコミュニティがあり、ときに分離しているようにも見えるが、おなじ場所で同時に存在している。

 

私がレジデンスしているISCPも世界各地からアーティストを選んでいるのだが、そこで出会った仲間のことを紹介したい。

 

たとえば、1983年生まれのBita Razaviは、ヘルシンキを拠点にするアーティストだが、出身はイラン。彼女がヘルシンキでの国籍取得のために開いた結婚式の映像作品は、本当に興味深い。


ボスニア・ヘルツェゴビナで1987年に生まれたDamir Avdagicの作品は、彼が幼少期に体験した母国の内戦(1991-1995年)が主題になっている。

彼の作品を前にすると、私がこの内戦や各国の状況にあまりにも無知であることが恥ずかしくてならないが、第二次世界大戦後に生まれた私としても共感する部分があり、とても惹きつけられた。また、内戦を成人になってから体験した彼らの父母世代の視点と織り混ぜるような新作にも取り組んでいる。

 

Areej Kaoudはパキスタン出身の作家で、彼女がISCPのスタジオで見せていた”Wrong Place, Wrong Time, Right Body” 2017 は難民問題をテーマにしている。静謐で美しいインスタレーション作品だった。

 

彼らの存在や作品と対峙していると「じゃあAKIは?どんなバックグラウンドなの?どうして作品をつくるの?何故、生き物との協働制作をするの?」と毎日問われている気がするし、答えが少しずつ明確になってきたようにも、まだまだ不十分のようにも思う。

3ヶ月と短い期間ではあったが、NYに来て、ISCPにレジデンスを出来て、私は本当によかったと思っている。

それは、ISCPをキッカケに展示の機会をゲットしたり、キュレータとのコネクションが出来たり……といった具体的な成果だけでない。世界には、私と同世代でこんなにも頑張っているアーティストがいることに刺激を受けたし、全く異なるバックボーンから生まれる彼らの作品は興味深く、私がいかに世界の歴史や文化に無知であるかも気づかされた。

今後も、彼・彼女らとの連絡をとり続けていきたい。

私のISCPのレジデンス期間は一旦終了なのだが、とてもありがたいことに、ISCPのディレクターから「再びレジデンスに来ないか?」と誘ってもらえたのだ。

6年前見学に来たときには「助成金がとれたら来て」と冷たくあしらわれていた場所からのオファーは本当に嬉しかった。


NYで暮らして気がついた、東京という特殊な都市のこと

大都会だと思ってやってきたNYは、確かに高層ビルは多いものの、東京よりも、公園や街路樹などの緑が圧倒的に多い。人口も東京都の半分ほどで、東京ほど混雑した印象はない。


街のサイズも思っていたより小さく、NYの中心であるマンハッタンだけであれば、面積は約60k㎡と、山手線の内側の面積とほぼ同じサイズである。今から飲もうか?と連絡が来てから1時間以内にみんなが集合できるような距離感だ。(NYシティとは、マンハッタンの他にブルックリン、クィーンズ、ブロンクス、スタテンアイランドが含まれるため、市全体は、勿論もっと広い。)

土日祝日には地下鉄が止まることも多く、交通の便は東京に比べると、とても悪い。そのため、こちらに来てから、歩く量が格段に増えた。ちなみに道はかなりガタガタだ。

地下鉄にエスカレータがある駅は少なく、ベビーカーを抱きかかえて階段を上がるお父さんをよく見かける。

 

何より私が困っているのは、NYの宅配事情で、日本のクロネコヤマトのように、迅速かつ丁寧に届けてくれるということは決してない。荷物がなくなることも少なくないし、Amazonで頼んだものでさえ、届かないこともあった。

日本と違い、子どもが一人で街を歩いていることはない。法律で禁止されているのだ。スクールバスか親が学校との送り迎えをしているらしい。私は体験していないが、NYでの子育ては大変そうだ。

空を見上げると煙突が多く、築年数が100年以上経っているような古い建物も多い。築数十年、という物件は普通で、そのため床が傾いている住居も多く、当初はとてもビックリした。

治安の問題から自動販売機はないし、東京ほどデジタル化が進んでおらず、全体的にアナログな印象だ。私はあくせくしたアートシーンをかいくぐりながらも、ゆったりとした気持ちで過ごしている。

そんなNYにも随分と慣れた今、東京を思うと、やはりあそこはとても特殊な都市だと感じる。

毎朝繰り広げられる、異常な地下鉄のラッシュ。地下鉄の車内では、皆スマートフォンでSNSやゲームをしていて、知らない人と突然会話が始まることは滅多にない。

Suicaや顔認識によるレコメンド機能のついた自動販売機、食券販売機など、高度に電子化された機械により、フィジカルな人と人とのコミュニケーションは最低限に抑えられる。

道路は綺麗に舗装されており、そのクオリティはNYより圧倒的に高い。バリアフリーも、(NYに比べれば)大分行き届いていて、何処でもエスカレータやエレベータがある。

家は狭いが、単身者向けのものが多く、NYと違いシェアハウスに住んでいる人は少数派だろう。

離れて見た東京は、人と人とが触れ合わずとも済むように、高度にインフラとテクノロジーが発達した社会だった。

——それはとても便利だが、フィジカルなコミュニケーションの欠如は、私の身体を浮遊させていくようだ。その代償として私は「生きている」というリアリティを強く感じられず、それが私を生物とのコラボレーションによる制作へと掻き立てた動機でもある。

 

これは今後、より一層深く考えていきたい問題だ。

なぜなら、発達した日本の都市と、それによるフィジカルなコミュニケーションの欠如の問題の奥には、それを発達させた日本人の気質があると思うからだ。

それをあえて悪くいうなら「同調要求型のコミュニティ」であり「感情をあらわにすることを嫌う性質」と言っても良いかもしれない。

 

NYのアートシーンと、ギャラリーがひしめき合うエリアの特色

さて、NYのアートシーンは、先月から引き続きWhitney Biennaleが開催中だ。
(余談だが、日本でよく言われるビエンナーレという言葉は使わず、バイエニアルという)

Whitney Biennaleでは、人種差別、レイシズム、移民、難民、暴力……といった、世界の諸問題をテーマした作品が結集している印象で、今のNYのアートシーンをよく反映していると思う。

展示された作品の一つである、絵画作品“Open Casket”には、多くの反発が寄せられ、議論を呼んでいた。

Dana Schutz, Open Casket, 2016. Oil on canvas. Courtesy of the artist and Petzel Gallery, New York 引用元

NY在住の白人女性のアーティストDana Schutzの作品で、1955年にアフリカ系アメリカ人少年がリンチに合い殺された事件の際の報道写真(棺を開いたまま葬儀を行ったため、棺の中に入った少年の死体を撮影した報道写真が広まった)を元に描かれている。この絵がミュージアムで展示され、マーケットで販売されることが「搾取」だという抗議の声が上がっているのだ。


 

Frieze Art Fair photo: Ambe-san

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5月5〜7日には、NYで最大のアートフェアFrieze Art Fairが開催された。
Friezeに付随して、幾つかのサテライトのフェアもあり、各ギャラリーもさらに気合いの入った展示を繰り出してきた印象だ。

 

たとえば、David Zwirner ではフェリックス・ゴンザレス・トレスが、ガゴシアンではアンゼルム・キーファーが開催されている。

4月に遡るが、Pace Galleryでは奈良美智の個展が開催されており、多くのビジターで賑わう様子を見て、他人事ながら嬉しい気持ちでいっぱいになった。

とはいえ、NYのチェルシーには、1,000を超えるギャラリーがある。とても見きれるものではない。

ギャラリーが密集しているところとしては、「チェルシー」の他に「ローワーイーストサイド(通称LES)」「アッパーイーストサイド」がある。

チェルシーには、敷居の高い超大型ギャラリーが立ち並び、物故作家を含む既にエスタブリッシュされたアーティストを多く扱うところが多いのに対し、チャイナタウンに近いLESに集まるギャラリーは、よりカッティングエッジだ。新人アーティストも扱う新しいギャラリーが多く、ホワイトスペースではない変わったスペースが多いのが特徴だろう。

LESのギャラリーは、奥が深く、私ももっと廻っていきたい。

アッパーイーストサイドは、その両者とも違い、とても品のある優雅なスペースが多く私はとても好きだが、NYベースというよりはヨーロッパのギャラリーの支店であるところも少なくないようだ。

5月上旬で大学は年度終わりのため、5月は各大学の卒展シーズンでもあった。私もコロンビア大学やハンター大学の卒展に足を運んだ。

他に話題になっているものとしてはやはり、ジェフクーンズの”Seated Ballerina“、そしてアニッシュ・カプーアの”Descension“だろう。

このジェフ・クーンズの巨大なバレリーナは、ウクライナ人アーティストの小さな磁器人形作品の盗作だとの批判を受けながらも、マンハッタンミッドタウンの中心、ロックフェラーセンターの広間に鎮座していた。金属のようにも見えるが、バルーンである。

悪趣味と美しさの狭間にあるような、とてもアメリカらしい作品だと思う。

 

 

カプーアの作品は、瀬戸内海にある直島の渦潮にインスピレーションを受けてつくられたもので、兼ねてから観たかっただけに、今回観ることができたのは幸運だった。
振動を伴う轟音が心地よく、渦の大きさが変化することで周囲の波がレースのように見えたり静かになったりと波が変化し続けるため、見ていて見飽きない。地球のおヘソのようだ。

NYで見た展示の中から印象深かった、私と同世代の作家を少し挙げるなら、Ian Cheng @PS1、そしてJulius von Bismarck@Marlborough Contemporaryは面白かった。

また、同世代ではないが、こちらで今、注目されている日本人アーティストYuji Agematsu(1956-)の活躍はエポックメイキングだと思う。

毎日、路上で落ちているものを拾っているという彼は、それを構成したインスタレーションや、日記をつけるかのように日々拾ったものをタバコのリフィルに入れた作品群などを発表している。私は彼の作品をMiguel Abreu Galleryの個展とfriezeとで拝見できた。

正直、ゴミを拾ってアート作品にする美術家は枚挙にいとまがない。私も今まで多く見てきたのだが、Agematsuが拾い集めてきた髪の毛や麻薬の注射器、噛んだ後のガムなど、カビが生えているものも含む、それらは、あまりに人の気配が生々しく残り、そして静謐で美しかった。


最後に、私のNYでの活動を、少し紹介しておきたい。

ISCPでのオープンスタジオ

4月後半には今回の滞在の山場であるISCPでのオープンスタジオ(展示)に参加し、その後、5月上旬には、ISCPでアーティストトークをさせてもらった。

これらをキッカケに多くの人に作品を見てもらうことができ、次の展示にも繋がった。

そして実は、5月末に慌ただしくISCPのスタジオを片付け、NARS Foundationに移動した。

NARS Foundationは、ブルックリンの南、サンセットパーク付近に位置するアーティストレジデンススペースだ。(日本では考えられないくらい、各地にアーティストインレジデンスの施設が点在している)

私が今回レジデンスするわけではないのだが、人の紹介により、NARS Foundationでのオープンスタジオで展示させてもらえることになったのだ。

というのも、NARSはこのたび同ビル内の2F・3Fにもスペースを拡張し、65部屋のスタジオを持つことになった。そこでレジデンスしている作家のみならず、多くの作家を招待して、スペースのお披露目をしたのだ。ISCPに比べると各部屋は狭いのだが、65部屋もあると、さすがに圧巻である。

オーナーのジュンホーが韓国人であることもあり、中国、韓国などアジア圏の作家が多いことも特徴だろう。

とはいえ、アジア圏以外からのレジデンスアーティストもおり、ウクライナ出身のBat Ami Rivlinやナイジェリア出身のOlolade Adeniyiの作品は面白く、少しだけではあったが交流を持てたことは楽しかった。

 

ネットでバズって作品が有名になるのは、良い点ばかりではない

こういったISCPやNARSでの滞在で意外だったことは、思ったより私の作品を知っている人が多かったことである。

これを自慢だと思うのは、ちょっと待ってほしい。というのは、これには良い点と悪い点があると知ったからだ。

「NYに来る以上、日本でのキャリアは一度リセットされ、誰もが無名のアーティストからのスタートだ」

私はそう覚悟して、こちらに来た。ただ、ISCPにVisiting Criticに来てくれたキュレータのうち約8割のキュレータから、私の作品を既にWebや展覧会で見たことがあると言われ、驚いた。

今回の滞在期間中に、Insider ArtというwebメディアがFBで私の作品をシェアし(ただしエディションはInsider Artが行ったため、私の意図したものにはなっていない)、2,000万以上の再生がされたことも一つの要因かもしれないし、それ以外でもインターネット上で作品がシェアされたことが多くあるためだろう。

今はインターネットの時代なので、作品がバズれば、極東の作家の作品でも見知ってもらえている場合がある。それを、当初の私は嬉しく思っていたが、今は喜ばしいだけのことではないように思える。

というのは、NYのキュレータは、”something new”を常に求めており「誰も見たことのないアーティストを自分で発掘したい!」という欲求があるようなのだ。

そういった意味では、既にインターネット知名度があることは、必ずしもプラスに働くことだけではないし、ネットでの伝わり方で、ArtというよりはEntertainmentとして捉えられている、という誤解もある。私は作戦を考え直さなくてはならないだろう。

と言っても、フレッシュさは取り戻せない以上、できることといえば、新作で勝負する、ということに尽きるのだろうか。


また、NYでは「作品の自律性」を強く意識させられるようになった。

日本よりもアートを見る機会が多いためか、観客のアートへの受容度が高く、リテラシーが高い。そのため、やや分かりづらいものであっても興味を引くビジュアルと強いコンセプトがあれば、観客は歩み寄ってくれる。

逆に、分かりやすくしようと思って、私は過度に説明的なプレゼンテーションを行うことがあるが、それは野暮に思えるようになった。

良い作品をつくることが最重要であるのは大前提として、英語力、コミュニケーション能力、ネゴシエーション力。どの界隈のアーティストコミュニティと付き合っていくかなどの人間関係やストラテジーも関係してくるのは何処のアートシーンでも同じだろう。しかし、特にコンペティティブなNYのアートの戦場に身をおいたことで、作品そのものの力を、今まで以上に強く意識されるようになった。


勿論、アーティストの数だけ、活動の仕方やペースがあるので、そこに成功のHow Toはない。

自分がどのような作品を作り、どんなアーティストになりたいのか。ふたたび自問自答しながら、もう少しだけ、時間の許す限りNYのアートシーンを観て、日本への帰路につくことになるだろう。

Text by AKI INOMATA(@a_inomata

 

この連載の、これまでの記事はこちらから。

 

AKI INOMATA

現代美術家 東京藝術大学先端芸術表現科修了
生き物との恊働作業によってアート作品の制作をおこなう。 主な作品に、3Dプリンタを用いて都市をかたどったヤドカリの殻をつくり実際に引っ越しをさせる「やどかりに『やど』をわたしてみる」、飼犬の毛と作家自身の髪でケープを作り互いが着用する「犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう」など。 「KENPOKU ART茨城県北芸術祭」(2016)、「Out of Hand: Materialising the Digital」Museum of Applied Arts & Sciences、オーストラリア (2016—17)、「ECO EXPANDED CITY 2016」WRO Art Center、ポーランド (2016)、ほか国内外の展覧会に参加。
所属ギャラリー:MAHO KUBOTA GALLERY  

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