「好きなもの」があるゆえに、付き合う人を選びすぎて生きてない? アスリート展 体験レポート
2017.06.29
Text by 塩谷舞(@ciotan)
好きなものがあるっていうことは、いいこと。
でも「好きなもの」と「それ以外」の間にある輪郭線は、ハタチくらいからどんどん太くなって、ときに私たちが付き合うべき人をパキッと分類してしまう。
「あの子は音楽の趣味が悪いから、あまり仲良くなれそうにないや」
「ファッションセンスが好みじゃないから、一緒に歩きたくないわ」
「体育会系のノリは苦手だから、あの飲み会には参加したくないんだ」
…私は高校3年の頃からアートやデザインに首ったけだったので、当時、世界はぜんぶモノクロに見えて、「クリエイティブ」と書いてある場所だけがピカーーッと鮮やかに点滅しているように見えていた。
さらに、インターネットがそれを加速させる。自分の手の内にあるタイムラインには、自分でキュレーションした心地よい情報ばかりがずらりと並ぶ。好きな文字だけをタップして、好きな画像だけをスクショして。それを好きなひととシェアする。
そんな私は、きっと自分の好奇心に、重いフタをしているのかもしれない。
ってことを、恥ずかしいほどに気づかされた展覧会があるんです。いや、もう終わっちゃったんですが。21_21 DESIGN SIGHTで開催されていた『アスリート展』。
私にとって、21_21 DESIGN SIGHTは「好きなもの」。東京で1番好きなミュージアム、と言ってもいいほどに、いつも欠かさず通っている。なのに、今回は会期が終わりそうなのをボーッと眺めていた。
アスリートという5文字には、さっぱり興味がない。運動が大の苦手な私にとって、それは圧倒的にモノクロ側の世界の出来事なのだ、が。
会期も終わりかけの6月上旬、私はなぜかアスリート展に。この展覧会に協力しているアシックスさんにご依頼いただき、取材をすることになったんです。
ちなみに私は写真左。右にいるのは、同い年の従姉妹である「なっちゃん」。今は製薬会社でMRをしているけれども、体育学部卒で、大学時代は筋肉なんかの研究をしていた。(つまり、解説役として召喚させてもらった、ということ!)
為末 大さん、緒方壽人さん、菅 俊一さんらがディレクターをつとめるアスリート展、入場するとそこには卓球台が。ポコンポコンという音を背に…最初に出迎えてくれる作品は、こちら。
おっと。写真だけだと、なんにもわからないと思うのですがこれは「アスリートダイナミズム」というTakramさんの作品。アシックススポーツ工学研究所、というところで計測しているアスリートの競技中の動きのデータを、モーショングラフィックにして表している……とのこと。「ほう…?」と思っている私に、なっちゃんが一言。
「やっぱりプロの走るフォームは、前傾姿勢が維持されてるし、前後左右のブレが少ないねぇ」
……そういう視点で見れば良いのか! と目からウロコ。しかし私にとっては、現代アートを分析するよりも難解だ。知識人を連れてきて良かった。
さて、心強い仲間を引き連れて、どんどんいこう。
カッカッカッカッカッ。耳触りの良い音が部屋に響き渡る。これは、暗い部屋の壁360度を、アスリートが駆け抜けている「脅威の部屋」という作品だ。このアニメーションを手がけているのは、高橋啓治郎さん。
あまりにも速くて、高くて、迷いがない。「脅威の部屋」というタイトルがぴったりすぎる!
驚くことに、マラソンの選手も想像以上に速い。テレビで見るマラソンって、あんまり速くなさそうに見えるのに。生で見たらこんなに速いのか!
そしてお次は、一番広い展示エリアへ。
こちらは「身体コントロール(グレーディング・タイミング・スペーシング)」という、時里充くん、劉功眞さん(LIUKOBO)の作品だ。
これ、運動会みたく力いっぱい綱引きをしているわけではない。提示された目盛りのぶんだけの重さで、綱を引かなければいけない。
これも同じ。前のモニターで指定されたぶんの長さだけ引っ張るわけだが、「これくらいかな?」と横のモニターを見てみると……
「あ、全然足りないね…!」
と、距離感覚を試されるのだ。
はい、これも同じシリーズ。
ふてこい顔のお姉さんが、縄跳びを回してくれるのだが、その回し方がなんともじれったい。どんどんスピードが遅くなるのだが、そのタイミングにあわせて、ジャンプ!
重さと、長さと、タイミングのコントロール。いつもぼんやり過ごしているから、そこに集中するのは、なかなか難しい。
でも、小学校の頃、スポーツテストの前は吐くほど嫌だった私だけども、これは楽しい。かなり楽しい。身体能力を試されてるというよりも、「自分の感覚に気づいてる?」…と、作家から問われているような、やさしい作品だ。
アスリート展は、インタラクティブな作品ばかりではない。
個人的に一番ツボだったのが、このgroovisionsの作品『スポーツ新聞』。
その日のスポーツ新聞が一番上に置かれてる。その下には、前日のスポーツ新聞が重ねられている。それ以上でも、以下でもない。おそらく、21_21 DESIGN SIGHTがこの展覧会期間だけスポーツ新聞を購読させられ、スタッフさんが毎朝、積み重ねていったのだろう。
「……これってすごいの?」とやや困惑して、私に聞くなっちゃん。
「groovisionsという人たちだから許される、というのもあるんじゃないかな。大人の遊び心だよね。若手クリエイターにはこんな立派な場所で、こんな抜け感のある作品、絶対に提案できないと思う」と答える私。
「有名な人たちの作品なのか〜〜!」と、突如ありがたそうに鑑賞するなっちゃん。
会場の奥には、「身体拡張のギア」なるものたちが、ずらりと並んでいる。今回アスリート展に誘ってくださったアシックスさんをはじめ、様々なスポーツウェアを開発する会社の商品が飾られている。とはいえ、私にとっては、ここだけまるでスポーツ洋品店のように見えるのだが……
「このスポーツウェアは、走っている時の筋肉の動きをサポートして走り易くしてくれるやつだ!」
と解説してくれるなっちゃん。高性能なスポーツウェアは、走ってるときの腰のブレを少なくしたり、インナーマッスルを支えてくれたりするんだそう。だから「身体拡張のギア」なのかぁ、なるほど……!と深々と関心する。
すくったり、測ったり、歩いたり。どれも楽しいし、あまり勝ち負けがつくものでもないので、私にとっては非常に居心地が良い。
そして展覧会の最後を飾っていたのは、奥田透也さんの「ゴールへの道筋」という映像作品。
青白い光が、分岐点で何度も「どちらか一方の道」を選択し、ものすごいスピードで進んでいく。これは選択を繰り返していくアスリートの人生そのものだ、とキャプションには書いてあった。
でも、なんだか、従姉妹と並んで観ていると。
子どもの頃からの人生が走馬灯してくるようだ。
「小学生のとき、運動が苦手だったから、インターネットが好きになったんだ」
「中学生のとき、いじめられたのがくやしくって、勉強を頑張った時期があったな」
「高校生のとき、美大を選んでいたから、今の自分があるんだな」
…と。
選ばなかった人生も楽しかったかも知れないけれど、選んだ人生しか生きられない。でも、そんな自分の「選択」をまるで全肯定してくれているような作品だった。
作り手の奥田さん自身が「展示の最後にアスリート性を自分に結びつけてほしかったんです」と、のちに教えてくれた。
同じ年に生まれた従姉妹のなっちゃんは、同じ28年の間に、どんな選択を繰り返してきたんだろう。知ってるようで、案外知らない。そもそも私は、彼女がこんなに博識だなんてことも、知らなかった。
さて。すべての作品を堪能したところで…
「ね! 卓球やるよね?!」
と誘われたので、まぁどうせ負けるけど……と思いながらラケットを取ると
「ラケットに不正がないか、試合の前にお互いのラケットを交換して、確認してから、試合を始めるんだよ」
と教えてくれた。あとは、どんなラバーを使ってるかをここでチェックして戦略を練ってるらしい。卓球の愛ちゃんのツイッターは毎日見てるのに、そんな卓球の「常識」は知らなかった。本当になんにも、知らないものだなぁ。
「あぁ、昔も市民体育館で卓球したよねぇ」
「そうそう。おじいちゃんが張り切っちゃって、骨折したんだよね(笑)」
「そうだった!」
私たちが小学校5年生のときに亡くなった、私たちのおじいちゃんのことを思い出しながら、ポコン、ポコンとやさしい卓球をした。
ーー思い返せば、子どもの頃のなっちゃんは、圧倒的な運動神経でいつも私を倒してきた。同い年の従姉妹同士だ。自然と親戚一同に比較されてしまうので、ぶっちゃけ、子どものころは彼女がかなり恨めしくって、悔しくって仕方がなかった。
でも今はもう、ずいぶん優しい。
もし私となっちゃんがクラスメイトだったら、きっと仲良くはなれなかっただろう。お互いの「好きなもの」の輪郭線が、お互いをパキッと、隔てていたに違いない。
ただ、この展覧会を通して、なんだか彼女が「自慢の従姉妹」に思えてきた。彼女のこんな魅力には、28年間でこれっぽっちも気づいてなかった自分が恥ずかしいくらい。どれだけ私は、自分の趣味ばかり追いかけてたんだろう、と。
ありがとう、アスリート展。ありがとう、誘ってくださったアシックスさん。良い展覧会って、ずっと抱いてた固定概念を軽やかに、変えてくれるんですね。
そして、数日後。
お邪魔しているのは、アシックスジャパン本社。アスリート展に関わっていた小林さんに、感謝を伝えつつ、お話を聞きに来た。
小林さん、ご出身はNYにあるパーソンズ美術大学。前職はWieden+Kennedy Tokyoでグラフィックデザイナーをしていたらしい。(ってそれ…デザイナーとしては最強のキャリアすぎるんですけど!)
塩谷「アスリート展、お誘いいただいて本当に良かったです。最高に楽しかったです!」
小林「それは良かったです。当社の技術を、アートという別の切り口で楽しんでいただけたのは何よりですね」
塩谷「あまりにも良かったので、SNSで『もう終わっちゃうから、行ってない人は駆け込んで!』って勝手に宣伝しまくってしました(笑)。でも正直、アシックスさんって、他のスポーツブランドよりも運動靴のイメージが強かったんです。今回みたいな、ミュージアムの展示に関わられるようなイメージがあんまりなくて、すこし意外でした」
小林「ですよね。もともとアシックスは、アスリートに寄り添った商品が強みです。だからストリートで楽しまれるファッション…という部分は、他のメーカーさんのほうが強いですし、広告でもアート的なアプローチはあまり踏み出せていない領域でもありました。
ただ、個人としては、当社のアスリートに寄り添ったスポーツサイエンスの知見は、一定値を超えていくとアートになる、という思いがありまして」
塩谷「確かに、アスリート展では、まさにそのスポーツサイエンスとアートの融合を体験させられました。私の運動ギライな固定概念が、まるでマッサージをされるように、ほぐされましたもん」
小林「 固定概念のようなものを解きほぐす手段として、アートは非常に有効ですよね」
小林「実は今回、日頃美術館にはなかなか行かないような当社の社員も大勢、21_21 DESIGN SIGHTに足を運びました。そうすると、これまでのスポーツメーカーの視点とは異なる視野を抱いて、帰ってきたりするんですよ」
塩谷「それ、会社が指針を掲げて『これに従え〜〜〜!』と一方的に伝えるよりも、よっぽど効力がありそうですね。すごく素敵な、企業と展覧会との関わり方……。良い意味での相互利用というか…企業とアートの関係って、そうあるべきなのかもしれないですね」
小林「アートは人のマインドを変えられるし、国を動かしうる力がありますから。2020年には、日本の文化が世界から注目されるわけですが……この国には世界中で認知されている”ビートルズ”のような存在はなかなかいませんよね」
塩谷「はい。確かに、世界中が熱狂するようなミュージシャンは、日本にはあまり…」
小林「でも日本には、素晴らしいクリエイターたちがいる。僕たちも2020年を様々な施策で盛り上げたいのですが……あ!こういう企画にも、若いアーティストからどんどん参加してくれると嬉しいですね」
…と、取材をぶった切って、仕事相談が始まってしまった。私もすっかり嬉しくなって、同世代の尊敬するクリエイターたちのことを、小林さんにたくさん話した。取材時間をどっぷり延長して話してしまったけど。でも、最高に楽しかったからヨシ!
「好きなもの」は、自分の輪郭を固めるためにあるんじゃない。自分のコミュニティを限定するものでも、ない。
他の専門分野を持った誰かと、自信を持って知識を交換したり、手を取り合うための手段でもあるんだよ。
アスリート展。そして、なっちゃん。小林さん。そんなことを教えてくれて、本当に、ありがとうございました!
Text by 塩谷舞(@ciotan)
Photo by 延原優樹(@yuki_nobuhara)
※アスリート展内の写真のみ担当
Sponsored by アシックスジャパン