アーティスト・イン・レジデンスか、公募展か。アーティストとして生きていくためには
2019.01.21
はじめまして、アーティストの松浦知也です。今は修士論文を書いているところです。いや、修論に詰まった合間にこの原稿を書いているところです。
締切1週間前にして全然終わる気配のない論文を見返しながら、冷静になるとよくこの2年これだけ過密にやってきたものだとか思ったり、そう言えば去年もほぼ同じ時期に論文の締切があってげっそりしていたことを思い出したりしている。しかし、去年よりも落ち着いている……という心境の変化があるのは、この秋にニューヨークで過ごした3ヶ月が大きい。
ほとんどの人がはじめましてだと思うので、簡単に自己紹介を。
もともと東京藝術大学で音響を勉強しつつ、作品制作を始めた。その間teamLabという会社でサウンドエンジニアの仕事をやったり、夏休みの間山口にあるメディアアートセンター、YCAMでインターンをしていたりもした。そして2年前の春、大学院進学とともに福岡に引っ越してきた。そうして去年、修士研究も大詰めだという2018年の9月から11月のまる3ヶ月、ニューヨークにある、School for Poetic Computationという、ちょっと不思議な名前の学校に留学をしてきた。
今回は、その3ヶ月を振り返って、いや3ヶ月を振り返るためにこの2年を振り返って、「アーティストとして生きていくこと」への考え方の変化について書く。修士論文には書かない2年のもうひとつのまとめである。
「アーティストなんだ、すごいね〜」と言われるとき、何がすごいのか?
「卒制を作ったらとりあえずコンペとかアワードに出してみるといいよ。自分では見えなかった客観的な評価がもらえるしね」
誰に言われたのかもあんまり覚えていないが、そういう言葉を真に受けて、修士に入ってからしばらく色んな公募や賞、奨学金に応募しまくっていた。
東京藝大にいたときに、とにかくよく言われたのは「独りよがりになるな」「自己満足になるな」「アーティストになるなら社会との接点を持って作り続けなければならない」……ということだった。
「アーティストになる」という目的がありながらも、大学院で芸術系ではなく九州大学に進んだのは、自分の制作をぼんやりした言葉にするのではなく、やるならきちんと研究らしい研究にしたいと思ったからだ。
そうしてあらゆるコンペに応募しまくった結果、地方の小さな芸術祭での展示の機会を得た。恥ずかしながら、それまで大学の年次発表展や卒展以外で一般の人に作品を見てもらうことが実は無く、はじめての学外展示だった。
知り合いは片手で数えるほどしか来なくて、ほとんどのお客さんは地元の人や、近くの大学生だった。
「藝大卒なんだね〜」
「芸術家なんだね〜すごいね〜」
「難しくてよくわかんないわ、けどなんかすごいんだね〜」
——来場者から帰ってきた感想はだいたいそんなものだったと思う。
ここで言われている「すごい」は多分、「藝大」と「なんか」であってわたしのことではない。
肯定の次に良いのは否定で、一番悪いのが無視だとよく言われる。褒められているのに褒められている感じが全くしないこの感じは、否定を通り越して無視されているのに近い。まだ、お前の作品のこれがダメだと否定してくれるほうがよっぽどよかった。
おや? しかしそもそもこういった公募展に応募したのはいろんな人に作品を見てもらって、客観的な評価を得るためではなかったか。であれば、これも客観的な反応の一つだし、単に自分の実力が足りなかっただけではないか……などと思っていると今度は、あるアワードに入賞したという報せが届く。
よくわかんなかったけど入賞、自分も、審査員も
「うまくいってるみたいだねえ」と言われたりしたが、そうか? 全然そんな気がしない。まあ、入賞したのであれば受賞展で作品が展示できるのだし、そこでの反応を見て改めて考えよう……。
などと思っていたら、審査員から「応募動画だけでは作品が少々分かりづらかったので時間があるときに説明しに来て欲しい」という連絡が届く。
入賞後にこの連絡が来たのだ。えっ…………よくわからないのに入選するんですか?
つまり、一般のお客さんだけじゃなく、ある程度知見のあるみなさんが審査するアワードのようなものでも「よくわかんないけどなんかすごいんだね〜」なのか?
などと混乱しつつも説明をし、受賞展でどのように展示するか話し合っていると、今度は「やっぱり受賞展に作品が出せない」という。「音の出る作品は他の作品の鑑賞の妨げになるから」「このサイズのインスタレーションは会場にスペースがないから」ということらしい。
事情があるのはわかる、わかるのだが、自分が作ったのは体験型のインスタレーション作品だ。それなのに、審査員も、受賞展の来場者も、その、“少々分かりづらい”と言われた記録の映像だけを見て、誰も作品を体験することはなかった。
この一連の流れで、いったい自分は何をどのように評価されたんだろう、と考え込んでしまう。
今回賞が取れたことで、多分次の助成金や奨学金も取りやすくなる。そうすればまた新しい作品を作り続けることができる。それでまたアワードに応募する。受賞する。
でもそうして、評価されたあかつきにはまたいろんな人から「たくさん賞もらってるんだ、よくわからないけどすごいね」と言われるシーンが目に浮かぶ。それは社会と接点を持ったことになるのか?
そんな事に気づきながらも、なんだか知らないが毎月何かの応募の締切がある。
なにかおかしい、作品制作を続けるためにいろんなアワードに応募してるはずなのに、その作業ばかりに追われて肝心の作品を作る時間が全然ない。それでもどうにか作らなければ、と思って昼夜逆転どころではない意味不明な生活リズムで必死に作って、展示をして、帰ってくる感想が「よくわからないけどすごい」。
やりたいことがわからなくなった、とかではない。でも、やりたくてやっていることを続ければ続けるだけ、どんどん息が切れてくる。
とにかく一旦環境を変えないと無理、と思ってSFPCに応募した。アワードではなく、ニューヨークでのアーティスト・イン・レジデンスだ。そのための奨学金の応募を最後に、2018年度に入ってからは一つも賞らしいものには応募しなくなった。
どうやってアーティストとして生きていくか、生計を立てていくか?
ニューヨークにあるSchool for Poetic Computation(SFPC)は、今から5年前、2013年にアーティスト/プログラマーのZach Lieberman、Taeyoon Choi、Amit Pitaruららによって立ち上げられたアートやデザイン、テクノロジーを学ぶためのオルタナティブ・スクールだ。
毎年春と秋に、3ヶ月弱フルタイムの授業を受けるプログラムになっている。
授業は1日1クラスを集中的に。その内容もまた独特なのだが、中でも特殊なのは「どうやってアーティストとして生きていくか、生計を立てていくか?」について考えるアーティスト・ツールキットという名前の授業があることだ。
これは、過去の卒業生たちが「この3ヶ月が終わった後、どうやって生きていったらいいと思う?」という話をとにかくよくすることから生まれた授業らしい。
次の進路としてどういうところがあるか紹介するところから、作品にどうやって値段を付けるのか? みたいなトピックもあれば、創設者でありアーティストでもあるTaeyoonが、この1年のリアルな収支を見せながら何にお金を使って、何でお金を得ているかを話してくれる、といったみたいな生臭い話も込みである。
授業で実際なにをやるかというと、まずアーティスト・ステートメントという自分が作家としてどういったバックグラウンド、主義主張をもって制作しているのかについての文章を書く。
その次に、やっぱりいろんな機会への「応募」を薦められるのだ。
自分はといえばさんざん書類応募をし続けて疲労困憊した末にニューヨークにたどり着いたわけで、最初は「こっちに来てもやっぱりやることは変わらないんだな……」とちょっとがっかりした。
が、Taeyoonの言葉に耳を傾けていると、「自分のやりたい事に集中できる時間と場所を作ること」がアーティストであり続けるために最も大切なことであり、その手段としてアーティスト・イン・レジデンスに応募すべきだと、何度も繰り返し言っていた。
アーティスト・イン・レジデンスとは、数週間〜数ヶ月単位でアートセンターなどで滞在制作を行うもの。プログラムによって様々だが、住居が提供されたり、ものによっては渡航費や制作費のサポート、技術的な支援をしてくれる場所もある。
電波の届かない山奥の古城やら、コテージやら、リゾートっぽいところもある。これは大学院を出て、美術館で個展を開くようになるまでの間の、アーティストとしてのキャリアや実績の積み方のひとつ、という側面もある。
コンペやアワード、助成金、コミッションワーク、公募展と、レジデンスで大きく違うこと。
それは、前者は「既に作った作品」か「これから作る作品のプラン」を掲げて持っていくけれど、後者は「行った先で新しくやることを考えて作る」ということである。
当然レジデンスでも、過去に何もやったものがなければ審査は通らないのだが、行った先でやることがそこまで具体的に決まってなくてもいい場合が多い。
たとえば仕事をしながら作品制作を続ける場合、休みを使って既作の展示を続けたりするぐらいはできても、気合を入れて新作を作るための時間はない、という状況になりがちだ。
そういったときに滞在費や制作費の出るレジデンスで数ヶ月だけ集中して作業ができれば、新作をつくることもできる。絶対的に時間や資金が足りないだけではなく、作品のことだけに集中できる時間が作れるのは大きなメリットである。
アメリカではアワードにばんばん出していくというよりも、時間を確保して作ることがある種メジャーなやり方っぽいぞ、ということがだんだんと分かってきてじわじわと新鮮さを感じた。
この辺りは国ごとの芸術文化の需要によって、違いもあるのだろう。
例えば日本でメディアアートの登竜門といえば、文化庁メディア芸術祭は有名だろう。
しかし文化庁が「メディア芸術クリエイター育成支援事業」という制作費支援&メンタリングのプログラムをやっていて、その応募資格が「メディア芸術祭に入賞あるいは推薦作品の枠に入ったことがある」だということは、どれほど知られているだろうか?
つまり、日本ではある程度実力を認められてから、新しく作るものに対して支援をしてくれるという傾向がある。
まあ、同時に文化庁はアーティスト・イン・レジデンスの施設に対する助成もやっているのでこれだけで一概にどうこうは言えないのだが、ともかく肌感覚としてアーティストを見るときに日本では「評価されているのかどうか」が重要で、アメリカでは「何をやりたくて、実際やっているのか」が重要視される……といった違いがあるように思えてしまったのだった。
ベターを試し続けるしかない、新しい稼ぎ方
授業の話の続きに戻ると、その上でさらに、アーティストとしての実践を続けるためのやり方はいろいろある。クラウドファンディングや、Patreonやentyのような個人のクリエイターを継続的にサポートするWebサービスも増えてきているし、イラストレーションや音楽のようなジャンルであれば直接的に売っていくやり方もある。
そういった新しい稼ぎ方を考えることももちろんありだとTaeyoonは言う。
実際、SFPCで教える講師たちも、ユニークな仕事の仕方をしている人は多い。
ハードウェアを教える夫婦のアーティストユニットCW&Tは、SFPCの他にニューヨーク大学でも授業を持つほか、自宅にも立派なワークショップを構えている。
そして、デザイン、時には製造まで自分たちで手がける「オーバー・エンジニアリングなツール」たちを自分たちで販売している。
彼らが作ったタイマー「Time Since Launch」は、リセット機能がなく、ピンを引き抜いた瞬間から時間を2500年以上カウントし、思い出の瞬間を記録する。これがKickStarterで1000万円近くを集めた。
こうした小規模なハードウェアを作ることは、昔は難しかったが、今ではオンラインでデータを送ってプロトタイプを製造したり、量産も「やればできる」状況が徐々に整いつつある。
SFPCを立ち上げた一人のZach Liebermanは、毎日プログラミングを使ったビジュアルスケッチを作りInstagramなどに投稿し続けている。彼は大きなアートフェスティバルでも作品を展示したり企業とのコミッションワークも行っている一方、最近になってからスケッチの中の一部を自家印刷で紙に出力し、1枚$30で販売し始めた。
ある日の授業の合間に、なんでプリント作品を売ろうとし始めたのか聞いてみた。印刷技術についてもっと勉強してみたくなったというのが理由の一つで、もう一つは、やっぱりクライアントワークをあてにしすぎるのもリスキーだし、自分が舵を取れるプロジェクトで収入を得ていけるのならその方がいいよね、というようなことだった。
彼のようにアーティストとして既にある程度成功をしている人も、どう生活していくのかを常に考えているのだ。
なによりSFPC自体がそういった思考と試行のひとつのかたちである。
そもそもZachが過去に大学で教えていた中で「学費は高いくせに教師への給料は少なく、そのお金がどこに消えているのかわからない」といった既存のシステムへの不満を抱いていた。
そこが反映されているので、講師(アーティスト)への給料は普通の大学と比較してもかなり高待遇だ。最近は卒業した学生が年数人アシスタントとして雇われることもあり、小規模ながらも一つのアーティストの生きるエコシステム、コミュニティとしての機能が回りはじめている。
その分、学費ははっきり言って高い。これは独立性をできるだけ高めるために助成金を取らず学費のみで運営していたからなのだが、教育機会が不均等になるのはどうしても避けられない。そこで今年からは財団からの助成金を獲得し、奨学生の枠を増やしていくことに転換したらしい。
とはいえ、個人単位でも、コミュニティ、組織としても、「アーティストとして生きること」のベストなモデルなんてものは存在しない。
こと、テクノロジーが絡むアートにはお金がかかるので、チームラボやライゾマティクスのように会社として作品を作っていったり、フリーランスの集まりとして作業場所をシェアしたり、いろんな形態が生まれている。
みんな、やりながら考え続けて、ベターだと思うものを試し続けるしかないのだ。
NYに行くまでも自分は自分なりのベターを追い求めてきたつもりでいたけれど、そこには「やりたいことを続けるために」という考えはすっぽり抜け落ちていた。結局のところ、「うまくいってるかどうか」を自分の外に置かないと安心できなかったからだと認めるしかなかった。
実際、SFPCに集まる人達を見ているとみんな、肩書きとしてどう思われるかなんて本当に気にしていなかった。
年齢も実に幅広い。大学3年の途中で休んできてる人から、ちょうど卒業して次のステップとしてくる人、仕事を辞めて参加する人、家族がいる中で仕事を休んで参加する人。もう既にプロフェッショナルなデザイナーとして仕事をしている人、バイトしかしてない人。
一般的なキャリアパス、なんて概念はない。誰がいつ辞めて、別のやりたい事を始めてもいい。
NYから帰ってきて、自分の状況が特別変わったわけではない。けど月1回オンラインでSFPCのみんなと集まって、今やっていることとかをざっくばらんに報告しあう会が出来た。1月には16人中11人が集まったのだから驚きだ。
その時間はみんな仕事や学生に戻って「忙しくて全然制作できてない!」とか「多分今年中には会社やめると思うわ……」とかいろんな不満をぶつけたり、新しくはじめた作品制作について話したり。日本時間で午前3時に開かれた会議なのでさすがに眠くてしょうがなかったが、日本に帰ってから作った楽器のことや、その日ちょうどやってきたライブの話をした。
(今回の記事では、修論には書かなかった作品制作環境のことばかりを書いてきたが、自分の作品にまつわる活動はWebサイトに記載している)
「アーティストとして生きられているのか」
そういうことを考えずに、自分のやりたいことをやっている人が周りにいるのだ。お金の問題とか、働き方とか、現実いろんなことはあるけど、それらはすぐに変えられない。
それでも世界中で同じように悩みながらやっている人がいる。その事実だけで、当分はやっていけると今のところは思う。
16人の集まりには “Gentler Futures Collective”(穏やかで先進的な集団)という名前がついている。自分がつけた名前ではないけど、クリエイティヴだとかイノヴェイティヴでもなく、ジェントルな未来。今回書いたような内容とかがうまいこと反映された名前だなあと思ったりするが、どうだろう?
Text by 松浦知也(@tomoya_nonymous)
編集部より アーティスト・イン・レジデンス情報
本文で登場した「Patreon」は、アーティストの活動をファンがサブスクリプション形式でサポートするコミュニティサービスだ。日本では、ファンクラブ制作サービス「CHIP」なども登場し、クリエイターやアーティストが直接ファンとつながるプラットフォームが増えつつある。
また、日本で商品を販売するなら「STORES.jp」や「minne」などが有名だが、Instagramなどでグローバルに情報発信し、世界規模で販売するのであれば「Etsy」がよく利用されている。こちらのブログはEtsyの利用手順を日本語でわかりやすく説明してくれているので、気になる方はぜひチェックを!
そのようなオンラインサービスを上手に利用しつつ、やっぱり実体験を積んでいきたいもの。
海外はもちろん、日本の中にも、たくさんのアーティスト・イン・レジデンスを行う施設がある。松浦くんが滞在したSFPCのように学費を支払うところから、助成金で成り立っていて、すべて無料で滞在が出来る……というものも。
「resartis.org」というサイトには、世界中のアーティスト・イン・レジデンスの情報が集まっている。その数なんと700!
そこまで情報が多いと逆に探しにくいかもしれないが、このサイト、かなり細かな条件で情報をソートすることが出来るのだ。ビジュアルアートや彫刻、ダンスや音楽などのジャンルだけではなく、滞在期間、都会か田舎か、個室か相部屋か、そして子どもやパートナー、ペットを連れて行っても良いかどうかまで!(ここから検索可能)
ちなみに、日本からも18の施設が登録されているが、いくつかの施設は海外のレジデンス施設と連携し、国内アーティストの海外滞在をサポートしている。オープンスペースの日などを狙って、訪れてみるのも良いかもしれない。
- さっぽろ天神山アートスタジオ(北海道)
滞在スタジオの無償提供と滞在制作経費の一部を補助するレジデンスの公募枠がある。また、アーティストが24時間滞在制作ができる有料スタジオは、リーズナブルな価格で利用可能。 - 国際芸術センター青森・ACAC(青森)
2001年にレジデンス施設として開館。夏は指名型で6月〜9月の滞在、秋は世界中か
らの公募となり毎年4月に募集を行っており、9月〜12月にかけて滞在制作を行う。安藤忠雄氏が手がけた施設で、滞在中に同館のギャラリー空間での展覧会を開催できるのは大きな魅力。 - AIR Z(秋田)
国内外のアーティストを対象にレジデンスを行う。温泉や秋田の食も魅力。 - 西会津国際芸術村(BOOT AIR)(福島)
自然に囲まれた会津にある木造校舎に滞在するレジデンス。滞在費用は無料。1年を通していつでも応募可能。アーティスト、デザイナー、ミュージシャン、料理人、建築家、エンジニア他、ジャンルや経歴を問わずに募集している。
- ARCUS Project(茨城)
公募により海外からのアーティストを招聘するほか、台湾、英国スコットランドなど、海外の連携団体への国内アーティストの派遣も行う。(渡航費、滞在費、制作費、保険の提供あり) - 遊工房(東京)
国内外のアーティストに向けたアーティスト・イン・レジデンスを行う(滞在費は有料)ほか、世界各国との交換プログラムも積極的に行っている。 - Tokyo Arts and Space(東京)
海外からのクリエイターを招聘するほか、スイス、ドイツ、スペイン、韓国、台湾、フィンランド、カナダなどのレジデンス機関と連携している。審査に通過すれば、渡航費、滞在費、活動支援金が提供される。(次回応募は2019年9月開始予定) - AIR3331(東京)
アーツ千代田 3331が運営するレジデンス。国内外のアーティストを対象にアーティスト・イン・レジデンスを行う(滞在費は有料)ほか、海外へのアーティスト派遣も行う。 - Art Center Ongoing(東京)
Ongoing AIR AWARD受賞作家はレジデンス時の滞在費用が無料となる(今年度はまだ募集開始していない)。ディレクター小川さんのインタビューはこちらで読むことが出来る。 - co・iki(東京)
海外から、アーティストだけではなくあらゆるジャンルのクリエイター、クリエティブな活動をする人を招致している。和室で過ごすアットホームなレジデンス生活の様子がFacebookで発信されている。 - ARTnSHELTER(東京)
カフェ、バー、宿泊施設、展示施設、製作スペースが合わさった総合施設。詳しくはこちらの記事で知ることができる。 - パラダイスエア(千葉)
キュレーターやリサーチャーらに向けた「ショートステイ・プログラム」、アーティストの「ロングステイ・プログラム」、地域と交流する「ラーン・プログラム」がある。
また、2月26日には「世界のアーティスト・イン・レジデンスから」という報告会も開催される(参加無料)。詳細はこちら。 - AIRY(山梨)
海外の拠点との交換プログラムも行っている。 - DŌ-SŌ(山梨)
富士山にほど近い富士吉田市にある、お菓子屋さんをリノベーションしたアーティストレジデンス施設。
- 京都芸術センター(京都)
2月9日、10日にアーティスト・イン・レジデンスにまつわるセミナーが開催される。会場は西陣の興聖寺で、座禅体験なども。詳細はこちら。また、審査に通ったアーティストや団体は、京都芸術センターの制作室を無償で利用することが出来る。
- KAGANHOTEL(京都)
若手芸術家が共同生活を送りながら作品を生み出す滞在型複合施設。1階・地下1階はギャラリーや24時間使用可能なスタジオ、2階はドミトリー兼ギャラリー、3・4階は若手芸術家が居住する個室になっている。そして5階は入居する若手芸術家たちの作品と共に過ごすことのできる体験型のアートホテルとなっており、世界中のアートファンやコレクターと出会う機会も創造する。
- 秋吉台国際芸術村(山口)
シンガポールや韓国、台湾などの拠点との交換プログラムも行っている。 - Do a Front(山口)
国内外のアーティストを招致している。最新情報はFacebookにアップされているので、そちらをチェック! - Studio Kura(福岡・糸島)
海外からのアーティスト招致のほか、彼らと一緒のスペースで働くコワーキングスペースも運営している。 - Creative Residency Arita(佐賀)
陶磁器制作が盛んな有田町において、海外アーティストと窯元・職人とのマッチングなどを行っている。 - Arts Itoya(佐賀)
海外のアーティストを招致している。滞在アーティストの個展も開催。レジデンス施設運営者様へ上記に掲載している以外の施設を運営されている方は、ぜひ contact@milieu.ink までご連絡ください。また、情報の加筆・修正が必要な場合も、上記アドレスにお送りいただければ幸いです。
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