生まれてこのかた、ずっと不況。「ゆとり世代」は、知恵を出して仕事をつくる

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Text by 塩谷舞(@ciotan

 

「昔はタクシーチケットってのがあってね」

「バブルの頃は、湯水のように広告予算が使えたからね」

「あの頃は本当に、いい時代だったよ」

だなんて「景気の良かったあの頃」の話を、広告業界の先輩方から何度聞いたことだろうか。お酒の場ともなると、そんな話で持ちきりになる。

 

その度に、私たちはこう返事をする。

「いやぁ、ちょっと信じられないですね……我々は生まれてこのかた、ずっと不況なので……」

1990年、バブル崩壊。私たちは、バブルの崩壊とともに生まれた。とはいえ、自分の生まれた時代をそんなに悲観することもない。だって知らないんだから、景気の良い日本を。


1988年、昭和63年に生まれた「ギリギリ昭和」の私は、小学2年生のとき、それまで第2土曜日だけ休みだった土曜日が、第4土曜日も休みになった。そう、ゆとり教育だ。

「うわぁい、やすみがふえた〜」と手放しに喜ぶ幼き私たちは、国とメディアから知らん間に「ゆとり世代」とネーミングされていた。

教科書が薄ペラくなっては「これで日本の偏差値が下がるのではないか」と危ぶまれ、2002年には「円周率を3にするなんて、なんたることだ」と議論され、そして十数年後「ゆとり教育の就活生は、常識がない」などのニュースが飛び交った。その度に私たちは「知らんがな」と心の中で静かにつっこんでいた。


そんな雑な括られ方をされ続けた半生ゆえに、ゆとり世代は、上の世代から小馬鹿にされることに慣れきっている。だからって、その状況に中指を立てることもしない。ざっくりとした雑な括りに、本気で抗議する必要性もないからだ。

生まれてこのかた、ずっと不況。大きな期待をかけられず、与えられるビジネスチャンスは縮小気味。だが、そんな時代から生まれてくる野心家たちには、共通した強さ、したたかさがある。

 


「予算がないなら、知恵を使え」

「戦って敵を増やすのではなく、笑顔で仲間を増やせ」

 

これが我々「ゆとり世代」のビジネスマンに、ある種共通するスタンスのように思う。

……と、ここまでは前置き。

今日のmilieuでは、強くて、したたかで、アイデアフルなゆとり世代のビジネスマンたちの闘い方を、ぜひご紹介させてください。


やってきたのは、大阪、東成区。

 

「新日本カレンダー」という会社をご存知でしょうか?

その社名を知らない人でも、きっと何度もこの会社の商品を目にして、手にしているはず。

案内された部屋に入ると……

壁一面に、これでもかと並ぶ、カレンダー!

 

年末になると、いろんな企業のロゴが入ったカレンダーをもらう人も多いはず。

そんなカレンダーを生産している、国内シェアNo.1のカレンダーメーカーが、この「新日本カレンダー」さんなのです。中でも、日本に流通している日めくりカレンダーの70%がここで生まれています。

巨大日めくりカレンダーも。

私の生まれた年のカレンダーを出してきてもらったら、セクシーすぎて衝撃

 

そんな歴史と実績のある、大正11年創業、95年戦士のカレンダー屋さん。

 

「これは僕の曽祖父が、大正10年に作ったカレンダーですね」

そう教えてくれたのは、宮﨑貴生(みやざきたかお)さん。昭和63年生まれで、私と同い年の28歳。新日本カレンダーの宮﨑安弘社長の息子で、この会社の「4代目」でもあります。

 

子どもの頃は、家業を継ぐことはあまり考えていなかった、という宮﨑さん。

関西学院大学在学中には金融や商社中心に就活をしていましたが、お父様と真剣に話し合って、将来的には新日本カレンダーに就職することを決意。

新卒では大手印刷会社で3年間の営業マンを経験し、その後2年間、アメリカのポートランドで寿司屋を営み、2015年から新日本カレンダーに入社されました。(寿司屋のくだりは本筋から大幅に逸れるので割愛)


宮﨑「入社する前から、“印刷物が斜陽産業だ“ということは、もちろん、頭では理解していました。ですが、入社してすぐに3ヶ月間、中国の福建省にある工場に滞在し、そこで話を聞いてみると……」

 

宮﨑「日めくりカレンダーの生産は全盛期の半分まで落ち込んでいて、その現場の衰退を目の当たりにしてしまったんです。同時に、今後ずっと自分が経営していくであろう会社の将来を想像すると、辛いものがありました」

塩谷「確かに…今で全盛期の半分だと、宮﨑さんが会社を一番支えなきゃいけない数十年後には……」

宮﨑「そうなんです。曽祖父の代から90年以上続いてきた商売ですが、このままじゃいけないし、自分自身の立場にも強いプレッシャーを感じました。『入社して1年間はまず研修』だと言われていたのですが、その1年ですらもったいなくて。

もちろん、研修で製造の仕組みを理解するのは必要なことです。でも数年経ったら、自分もこの会社の人間になってしまう。入社後すぐに感じたプレッシャーが、次第に見えなくなっていくであろう自分にも、危機感を抱きました。だから中国から帰ってすぐに、なにか新しいことを、アイデアを出そうと思ったんです」

塩谷「具体的には?」

宮﨑「アメリカのポートランドで暮らしていた時、作り手のアイデアが素晴らしくて、消費者にも伝わりやすいデザインの広告や雑誌が、すごく多かったんです」

塩谷「Kinfolk発祥の地ですもんね」

宮﨑「そうです。実際に、Kinfolkの編集部も見学に行きました。そんなカルチャーに触発されて自分自身でもZINEを作って販売してみたところ、工夫次第では1冊5ドルで製造分が完売し、どんどん仲間が増えていったんですよ」

当時、宮﨑さんがポートランドで作っていたZINE

塩谷「すごい。アイデアが消費者に受け入れられる…という、成功体験があったんですね。しかも異国で!」

宮﨑「成功とまではいかないのですが…でも、新しいことを始めるとき、アイデアを形にするデザイナーさんと組んでやっていくことが非常に重要だと感じたんですよ。

その経験から、何人かのデザイナーさんに『ウチは老舗のカレンダー屋なのですが…』と相談してまわったんですね。でも、『お見積もりはこちらです』『カレンダーのデザインなら納期はこれぐらいです』と、そういう具体的な話に落ち着いてしまう。新しいことを始めるのに、これまでと同じ受発注のスタンスじゃ駄目なんだ、と思わされました。

そこで前職の友人に相談したら『アイデアフルな、いいデザイナーさんがいるよ』って紹介してもらえたのが、古島さんです」

デザイナー 兼 コピーライターの古島佑起さん

古島「宮﨑さんのお話を聞かせてもらいました。そしたら『カレンダー屋は納品前の10月が一番忙しくて、実は工場が回ってない暇な時期がある』というから、じゃあ工場が回ってない時期を利用して、出来ることがあるはずだって考えはじめたんですよね」

塩谷「ほうほう…」

古島「新日本カレンダーさんの主力商品である、日めくりカレンダー。もちろん1月1日からスタートするわけですが、『別に1月1日から数えなくてもええんちゃう?』と。

そこで子どもが生まれた日を『1』として、どんどん日めくりでカウントアップしていくようなカレンダーを考えたんです」

Twitterより

 

塩谷「これは新しい!それに、今ってInstagramに赤ちゃんの横に、生まれてからの日付を並べて写真をupするのが流行ってるし……SNSでのウケも良いですよね。贈り物としてもあげたくなります! 古島さんの企画力、素晴らしいですね……ずっと企画職もされていたんですか?」

古島「いや、大学の時は企画系の学科にいましたが、社会に出てからはずっとグラフィックデザインの仕事をしていました。ちょうど10年前ぐらいなのですが、その頃に佐藤可士和さんがリブランディングしたユニクロが話題になったりして」

塩谷「当時のユニクロのリブランディングは、強烈でしたよね。デザインって経営にここまで効くんだ、というのを証明された」

古島「そうなんです。アートディレクションが世の中に、ビジネスに効く。そんな世界に憧れて、10年間ずっとアートディレクターの仕事をしてきたのですが……」

塩谷「また、そこから時代が変わりましたよね……東京五輪のエンブレム問題から大きな議論になり、『DESIGN IS DEAD(?)』という本まで出ている」

古島「はい。また時代は変わって、これからは企画や商品開発まで出来ることこそが、クリエイターの価値になるんじゃないか、と思うようになり。気になるメーカーさんに自主提案をして、商品企画の方にシフトしていたところだったんです」

塩谷「そこで出会ったのが、新日本カレンダーさんだった、と」

古島「はい。でもね、アイデアを考えて、商品にして、デザインして……というところまではわかるのですが、その商品を広く世の中に拡散させるスペシャリストがいないと、絶対に成功しない。かつ、競合他社のリサーチなども僕では力不足で。そこで、マーケターの峰松さんをお呼びしたんです」

峰松加奈さん、平成2年生まれ。ユニリーバのマーケティング、木村石鹸での新商品企画などを担当しながら、個人でもプロジェクトを請け負っている

塩谷「出た!気鋭の若手マーケター、峰松さん。助っ人外国人投入!みたいな感じですね、彼女は即戦力ですね」

宮﨑「まさに!クロマティみたいな感じですかね」

塩谷「…大阪の会社なのに、巨人の選手でいいんですか?」

古島「…じゃあ阪神タイガースのバースにしましょうか」

宮﨑「いや、クロマティじゃないですかね、峰松さんは東京出身だし」

峰松それはどっちでもいいんですけど(笑)、とにかくこのプロジェクトに誘われたときは、すっごくワクワクしました!

こんなに資産を持った老舗企業の4代目を中心に、新しい事業を立ち上げようとしている瞬間で。限られた予算の中ですが、会社が既に持っている資産とチーム個々人の能力を組み合わせて、最大限何ができるか考えたんです。

で、みなさん控え目な性格なのですが、ガツガツと話を聞いてみると、とんでもない才能や資産を持ってるんです。たとえばこのTwitterアカウント!

 

塩谷「あ、このアカウント知ってます!毎日素敵な暦の小ネタを教えてくれる素敵アカウントだ」

塩谷「私の殺伐としたタイムラインを、ひととき穏やかにしてくれるオアシスです」

峰松「これ、実は新日本カレンダーの細川さんが立ち上げたアカウントなんです」

塩谷「えっ?!」

新日本カレンダー 細川隆太さん、昭和63年生まれ

細川「あっ、はい…!今も運営メンバーのひとりとして、更新させてもらっています」

塩谷11万人フォロワーを抱えたアカウントは、素晴らしい資産ですね…しかもフォロワーさんからの反応がいつもあたたかい……」

峰松「そうなんですよ。しかも細川さん、暦生活のWebサイトも作ったり、イラストも描いたり、かなり多彩!」

塩谷「もともと、Web制作会社なんかにお勤めだったんですか?」

細川「いえ、新卒で5年前にこの会社に入りました。どちらかというと、もともとインターネットは苦手だったくらいで…でも仕事で必要になってきたからちゃんと勉強しようと思って、パソコン教室に通って、HTMLとCSSの勉強をしていたんですね。それで、細々とこのアカウントも運用してみて…」

塩谷「11万フォロワーは、全然細々じゃない(笑)!」

峰松「そうですよね。メーカーが自社で11万フォロワーを抱えたTwitterアカウントを持ってるって、ものすごい資産じゃないですか。だから、そこを起点にしたプロモーションをしようと、今回のあたらしい日めくりカレンダーでも、Twitterありきの企画を考えたんです。まずはこのアカウントを開設して…」

峰松「宮﨑さんも、細川さんも、私もゆとり世代だし、業務後の夜に集まって活動しているので、“ゆとり部”という部活みたいな名称にしました」

塩谷「わたしもゆとり世代ですっ」

峰松「そう、ぜひ入部して欲しいです(笑)。しおたんみたいなフリーランスの人も、そうじゃない人にも、どんどん参加して欲しいと思っていて。

というのも、ゆとり世代って29歳くらいが一番年長で、まだ大企業や老舗企業の中だと、あまりポテンシャルが発揮できない若手枠だったりするんですよね。でも、この世代だから出来ることもあるし、見える景色もあると思っているんです

塩谷「インターネットに関しては、とくにそうですよね」

峰松「そうなんです。ネットを上手に使って商品開発にトライできる実験的な組織でもあります。だから今回も、日めくりカレンダーの草案を漫画にして、Twitterで一番リツイートの多かったアイデアを商品化するような企画を実行したんです」

 

ーーそこで実際に2500RTされて、商品化が決定したのがこちらの「ふたりひめくり」。

Twitterより


塩谷
「これは……ムズキュンしますね……! たしかに、今Twitterではムズキュン系漫画が人気だし、拡散されるのも納得です。…けど、初動から2500リツイートって結構スゴいですよね」 (※ 実際の商品はキュンキュン用途だけではなく、家族や同僚でも使えるようなものを開発中、とのこと!)

峰松「暦生活 @543life のアカウントでリツイートしたら、瞬く間に拡散されて、立ち上げてからたった7ツイートで100万インプレッションを獲得できたんですよ……!」

塩谷「100万インプレッション!それは本当にすごい。SNSキャンペーンって、どこも挑戦してはコケる企業が多い中で、なんと順調な駆け出し……MarkeZineさんとか、COMPASSさんとか、マーケティング専門媒体は今すぐに取材すべき事例ですねこれは。そしてこの可愛い漫画! これはどなたが描いてるんですか…?」

古島「ウチのインターンにならないか、と声を掛けていた美大生が、漫画もすごく上手で。その子が描いてくれているんですよ」

峰松「男性にも女性にも受け入れられるように、フラットな印象のものを…と相談したら、こんな漫画に仕上げてくれたんです」

塩谷「なんと優秀な美大生……!そして、ぶっちゃけ、ここまでこのキャンペーン、ほとんどお金をかけてないのでは?

宮﨑「はい、ありがたいことに、みなさまの人件費と制作費くらいで…」

塩谷コストパフォーマンスが最強ですね。大企業が新商品を作ろうとして、企画を考えて、PRプランを練って、漫画を発注して、SNS運用して……となると、一瞬で数千万の予算を使っちゃうところですよ…」

峰松「そうなんです。私も大手メーカーに勤めていた時は、自分の手がけているプロジェクトで十数億のキャンペーン予算がありました。だから提案を受けたプロモーションをどんどんやってみるのですが、結局あんまり結果がついてこなくて…」

塩谷「潤沢な広告予算を使って、マスメディアを使って流行らせる…という時代でもないですしね」

峰松「ですよね。とにかく今は、SNSでの共感性と、トライ&エラーの繰り返しが大切。

このチームは決断のスピードも速いし、トライ&エラーをしやすい環境なんです。Twitterで反響のあるものを商品化できるし、自社工場もあるからすぐにプロトタイプも作れる。商品開発する上で、こんなに素晴らしい環境、なかなかないですよ!

「ふたりひめくり」のプロトタイプ。恋人や家族と使う、カウントアップ式の日めくりカレンダーです

ふたりひめくりに書いてある質問は、毎日違って、毎日新鮮

塩谷「そこは、老舗メーカーの強みでもありますよね。スタートアップは成長スピードこそ速くても、製造となると苦手分野なことも多い。でも新日本カレンダーさんは、95年の歴史の上でやっているから、長年のノウハウがすごそう…!

ここで、一番社歴の長そうなのは……」

 

新日本カレンダー・川畑 昭夫さん。1967年生まれ

川畑「はい、どう見ても私ですよね(笑)。このゆとり部『顧問』をさせてもらってます、川畑昭夫と申します」

塩谷「実際、ゆとり世代のチームで働かれて、どう感じますか?」

川畑「そうですね、ゆとり世代って世間一般にはネガティブな言葉として使われるのかもしれないのですが、むしろ優秀で教えられることばっかりなんです。

新日本カレンダーの長い歴史の中では、モノを作ったら売れていく…という仕組みが出来上がってしまっていたんですよね。その中でも、企業名を入れたカレンダーが一番の主力製品。でもそれは、先輩たちの残してくれた遺産で食いつないでいるところもありますし、実際、生産も減っています。

だからやっぱり、今までの延長線上だと難しいと思うんですね。そこで、宮﨑から『新しいことをやりましょう』と声がかかったから、お手伝いさせてもらったというか……本音いうとまぁ、若い彼らの熱い想いと一緒に、あたらしいことをやってみたかったんです

宮﨑「川畑さんは、僕が子どもの頃からこの会社でいろんな経験をされて、責任のある立場にいらっしゃる。そしてカレンダーのことを、誰よりも好きなんです。

知識面で僕らをサポートしてくれるし、コストカットの方法も教えてくれるし、何よりも『川畑さんの参加してるプロジェクトなら応援する!』という社内からの信頼がある人なんですよ」

塩谷「人望ですね」

川畑「もう、そんなことよう言うわぁ(笑)」

塩谷「でも、歴史のある会社で若い人だけでチームを作っても、既存勢力vs若手みたいな対立構造になってしまうこともありますよね。ゆとり部に、川畑さんがいらっしゃる意味は大きいですね」

宮﨑「そうなんですよ。そして誰よりも、熱い想いを持っていて…

川畑「こそばいから、もうやめてください(笑)」

塩谷「しかし、デザインとアイデアの古島さん、SNSに強い細川さん、マーケティングの峰松さん、カレンダーのことに詳しい川畑さん……そして発起人の宮﨑さん。このゆとり部は、だれをとっても無駄な人財がいなくて、素晴らしいチームですね」

宮﨑「僕だけ芸がないんですけどね…(笑)。でも、僕は、この環境で自分の立場を有効的に使いたいんです。社長にも、この活動の意義を説明して、これまでとは違う方法でやらせて欲しい、と頼み込んで」

塩谷「いち若手社員だと頼みにくいことかもしれませんが…そこは親子ですもんね。でもやっぱり、ここまで自由にやらせてくれるのは、素晴らしい上司で、素晴らしいお父様ですね

宮﨑「はい、まずは新しい動きをするために、父の理解を得られたことは大きいです。でも社内からは『息子が言ってるし、しょうがないから協力してやるか』というくらいの反響でも仕方ない…と思っていました。とにかく、立場を利用してでも、始めることが大切だと。

でも実際始めてみると…想像以上に、社内でも評判が良いんです。社内からも、こうして社外からも、面白い人が集まってくれて」

塩谷「それは、きっと宮﨑さんが、本気でこの会社の未来を作ろうとしてるから、みんな協力してくれるんですよ」

宮﨑「……そうだと嬉しいです」

宮﨑「僕の目標は…少し大げさかもしれないんですけどね、大阪を活気あふれる街にしたいんですよ。最近の大阪は、元気ないって言われてますけど。老舗企業でも、オモロいことやってるというのを、ちゃんと知らしめたいし、自分の故郷を元気にしたいんです。…ちょっとこれは、デカい話ですよね(笑)」

塩谷「いやいやいや……大阪のカレンダー屋さんにこんな4代目がいらっしゃるなんて…すごく希望のある話だし、心底、売れて欲しいです。ファンになります!」

宮﨑「まだ4代目になれるかは決まってないんですけどね(笑)。でも、認めてもらえるよう、まずはこの日めくりカレンダーをバリバリ売りたいです!」

古島「バリバリ売り上げたいです、ホント」

峰松「売りましょう!」

彼らの熱意と知恵が詰まった、あたらしい日めくりカレンダーのプロトタイプ。

 

ーー95年の歳月をかけて、親から子へ、子から孫へと受け継がれてきた、新日本カレンダー

4代目になる宮﨑さん、創業者のひいおじいさんには、会ったことがないそうです。きっと、ひいおじいさんにとっては、自分のひ孫が2017年にTwitterを駆使して日めくりカレンダーを大胆にリニューアルしようとしていることは、想像もつかなかった未来でしょう。

生まれてこのかた、ずっと不況。
受け継ぐべき家業は、斜陽産業。

それでも、知恵を出して仕事をつくる。
まっすぐな熱意で、地に足つけて、仲間を増やしていく。

そんな宮﨑さんたちの姿は、人を元気にしてくれるだけの力があります。

最後に私も、仲間入り。生まれた年「1988年」の日めくりカレンダーを持ってます!

ゆとり部が開発中の「ふたりひめくり」は、11月に発売予定。そして本日、人気イラストレーターさん3人ともコラボした試作品が完成したそうです!

「試してみたい!」「開発にちょっとだけ、関わってみたい!」という方は、ぜひコチラからご応募してみてくださいね〜。

そして、日々の彼らのトライ&エラーの様子は、このアカウントで大公開中。

彼らのビジネスが、どうか成功しますように!!そんな願いを込めて、この記事を書きました。


Text by 塩谷舞(@ciotan) Photo by Yansu Kim(@yansukim) 

[PR]  提供:新日本カレンダー株式会社

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