ファニーでハッピーな夫が突然、「なんか、腕が痛いんだよね」と言い出した

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Text by ながち(@nagachiharu

 

日曜夜8時。大河ドラマ『西郷どん』を夫と一緒に観るのは4カ月ぶりだった。

 

4カ月のあいだに、薩摩藩の田舎侍だった西郷どんは、のちの徳川慶喜と交渉ができるほどの地位にのぼりつめていたし、劇中で2度の結婚と別れを経験していた。

 

私たち夫婦は2014年の6月に同棲を始めて、それからふたり揃って大河ドラマを観るようになった。オープニングは早送りせず、毎回、テーマ曲を口ずさみながら謎のダンスを踊った。時には大げさな演出に文句を垂れた。

 

しかし、4カ月のあいだは、別々の場所で大河ドラマを観ていた。8時45分、ドラマが終わった直後に感想をLINEで送り合った。夫は、病院のベッドから、そのメッセージを送ってくれていた。

 


 

夫は、ちょっと変わった人だ。憧れの人は大泉洋さん。あの面白さに憧れているらしいが、私は夫もめちゃくちゃ面白いと思う。

 

夫は今年40歳で、私より15歳上だ。正直に言えば、彼の言う冗談が好きで、年の差もなんのそのと結婚したようなものである。

 

だって、私が生理でイライラしている時は、松岡修造さんばりに「この試練…一緒に乗り越えような…!!」などと暑苦しく励ましてくるような人だ。私がトイレやシャワーに行っているあいだにクローゼットに隠れ、脅かしてくるような人だ。それでいて見た目はイケオジだから、どうしようもなく自慢の夫である。

 

そんなファニーでハッピーな夫が突然、「なんか、腕が痛いんだよね」と言い出した。なんだろう、こないだジム行ったときに捻挫したのかな、と言い合った。2017年9月、今からちょうど1年ほど前のことだった。

 

当時私たちは引っ越したばかりで、夫は会社を辞めて独立したところだった。これから頑張るぞ、というタイミングだ。

 

次に「顔の赤みが引かない」。最近暑かったしね、日焼けでもしたんじゃない?

 

「なんかすぐ疲れちゃうんだよね」。家で仕事してるし、運動不足かなあ。

 

「おなかが空かない」。日光浴びてないし、食欲湧かなくなったのかな。

 

「ねえなんか、どんどん痩せてくんだけど」。独立したてだし、ストレス……?

 

「体がだるくて仕事にならない」。

 

「指が痛くてペットボトルが開けられない」。

 

「腕がうまく曲がらなくて、Yシャツ着にくい」。

 

「体を起こしにくい」。

 

「しゃがめない」。

 

「歩きにくい」。

 

こんな調子で、じわりじわりと体が悪くなっていった。いろんな病院でいろんな検査をしてもらったけれど、原因がわからなかった。共通の友だちに会うと、夫は「小さくなったね」「おじいちゃんみたい…」と言われていた。「冗談言わないなんて、どうしちゃったの」。

 

夫はずっと気丈で、「大丈夫だよ、運動不足とかストレスだよ。筋トレすれば解決する」と言っていたけれど、内心とても怖かったと思う。病院に行ってもよくわからないのに、私は毎日のように泣きながらネットを検索して、やっぱりよくわからなくて、また泣いていた。なにかおかしい。おかしいのはわかるんだけど、どの検索結果もなんか違う気がする。原因がわからないことが、何より怖かった。よくわからないまま、死んじゃうんじゃないかと。

 

 

「俺は104歳まで生きるから、90歳ぐらいまで生きてね」

 

3年前の、夫からのプロポーズの言葉だ。私たちは15歳も離れているけど、離れているからこそ、こうプロポーズしてくれたのだった。本当にそのときは、「この人は104歳まで生きちゃうかもな」と思った。そのくらいパワフルで、元気な人だったから。何より、そう言ってくれる人がいるのは嬉しかった。

その後、アンジャッシュ渡部さんが15歳下の佐々木希さんに同じようなプロポーズをしたという報道をみて、ふふふと笑った。

 

 

「死別しても、生きていかなきゃいけないんだろうなぁ」

 

104歳どころか39歳で死にそうな夫をみて、私はぼんやり考えていた。死別しても大河ドラマを見続けるし、あなたのおかげで好きになったメンチカツも食べるんだろう。大好きなあのお店には、思い出すから行けなくなるだろう。この街からも出なくちゃ。結婚する前からこの街で一緒に暮らしていたから、思い出がありすぎる。

 

2018年2月、いよいよ体がいうことを効かなくなった。紹介状をもらった大きな病院の門をたたいたが、またしばらく検査が続いて、ようやく夫に病名がついたのは、1カ月後のこと。とある、難病だった。

 

それから2週間の入院を経て、より専門性と知見のある大学病院に再入院することになった。その大学病院で、命の危険があることと、難しい治療が始まることを説明された。泣きじゃくる私の横で、夫は無言だった。医者との面談が終わりラウンジに移ったあと、夫がそっと、「夢だったらいいのにな」とつぶやいた。冗談ばかり言う夫の、最初で最後の弱音だった。

 

正直に書くと、病名がわかった後のほうが、心は軽かった。安易に、「あとは治療するだけだ」なんて、言える状態ではなかったけれど。命の危険があるとした上で、医者は「治療法はあるし、あなたと同じ症状で、無事退院して元気に過ごしている人もいる」とも言ってくれた。その言葉を信じられるだけよかった。病名がわからないときは、苦しむ夫を、見ていることしかできなかったから。

 


 

そんな中でも、一番涙が止まらなかったのは、ポルカ(Polca)というフレンドファンディングで、お金の支援を募ったときだった。生きるか死ぬかの最中にも、医療費、入院費、生活費は必要なものだ。お金の心配をしているのは体にもよくない、とふたりで言い合って、恥を忍んで周りの友だちに「助けてくれー」と言った。

 

「がんばれ」「まけるな」「絶対に帰ってきて」

 

 

そんなメッセージが友だちから送られてくるたび、私はぼろぼろ泣いた。夫、こんなに愛されてる人なのに、死んじゃったらどうしよう。ひとりで生きていける気がしなかった。でも、ベッドでひとり、私はおもむろに、ひとり暮らしの部屋をスーモで検索していた。それぐらい、死んじゃうかもしれなかった。

 


 

治療は結果的に、順調だった。最初の1カ月は、どうも効果がでなくて辛かったけれど、うまいこと”下げなきゃいけない数字”が下がった。

 

夫が病室で横になっている間、私は変わらず仕事をしたり寝たり起きたりしていた。上司には「仕事は気がまぎれるので、あんまりセーブせずに過ごしたいです」と伝えた。仕事だけは手放してはいけないと思っていたのだ。

 

それでも休日はお見舞いにいき、心も家事もままならないので、家はあっという間に汚くなった。私を心配して、母が週に1度、洗濯や食事や掃除をしにきてくれた。母が知らぬ間に家に来て作ってくれたドライカレーやピーマンの肉詰めを、レンジで温めて食べ、腹を満たした。

友達に会うと病状を聞かれるので、心配してくれるのはありがたかったけれど、なるべく会わないようにした。この時期は、『おっさんずラブ』を観るのが私の何よりの癒やしだった。中の人に会う機会があったら、どれだけお礼を言えばいいのか見当もつかない。

 

夫は大河ドラマのためだけにテレビカード(病室のテレビを使うためのプリペイドカード)を買い、日曜の朝から「今日は『西郷どん』だぞ!」と連絡をくれていた。毎週月曜と木曜の採血の結果が怖かった。数値が上がったときも下がったときも、夫はつとめて前向きだった。

 

 

 

 

——7月13日、夫が退院した。

 

4カ月の治療を経て、夫は自分でYシャツが着られるようになり、体を起こせるようになり、ペットボトルを開けられるようになり、ゴハンをよく食べ、歩けるようになった。今も治療は続いているけれど、経過は順調だと思う。死ぬかもしれないゾーンは、とりあえず脱出できた感じがする。

 

いま夫は、家でできる仕事をしながら、ひとまず自宅療養をしている。朝、私がシャワーを浴びている間に、夫はトーストを焼き、フレンチプレスでコーヒーを淹れてくれている。朝ゴハンなんて、作ったことほとんど無かったのに。

「暮らしが楽しくて仕方ないんだよ」と夫は言う。

 

退院してから私たちは、近くの八百屋で大きなナスを買い、ステーキにして食べた。ベランダの虫の死骸を気持ち悪がった。駅で待ち合わせて、スーパーでメンチカツを買った。新しい服や髪型を褒め合った。録画していた『ガキ使』を見ながら爆笑した。ゲームと昼寝で1日を過ごした。出張でお土産に買ったブルーベリージャムのツブの大きさに驚いた。洗剤やティッシュやシャンプーのストックを買った。日曜の夜はいつものように、大河を観て泣いたり笑ったりした。今期のドラマは『チア☆ダン』がお気に入りで、土屋太鳳さん演じる女子高生の健気さに、ふたりで本気で感動している。

 

 

泣きながら書いたこのコラムを夫に読ませたら、「いいんじゃない」とだけ返された。

 

いや、泣かないのかよ。

いや、泣かないよ。俺強いもん。

 

しかし本当に、夫は強かった。ずっと前を向いていたし、生きるための努力を怠らなかった。いつも看護師を笑わせ、先生を信頼していた。どういう風に日々を、恐怖を、乗り越えていたのだろう。

 

暮らしは楽しい。

 

病名がわかるまでの半年間と、入院の4カ月間を経て、暮らしのすばらしさを全身全霊で体感する毎日だ。

 

暮らしが一番。本当にそう思う。すごい。大好きな人が生きてるだけでこんなにうれしいんだよなあ。

 

こんな気持ちに、自分がなるなんて、信じられなかった。

Text by ながち(@nagachiharu

< 編集部より追記 >

7月13日、退院時に旦那様が綴ったブログです。ファニーでハッピーな彼の性格や、二人の関係性が、ここからも伝わってくるかもしれません。

【退院のご報告】おかげさまで本日、退院となりました!

 

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